グリム童話からマレーン姫という童話を紹介します。
ドイツ語のタイトルは、Jungfrau Maleen、英語のタイトルは、Maid Maleen。
英語読みだとマリーンですが、日本語のタイトルはドイツ語読みに近い音をとったのでしょうね。maid は、「お手伝い」という意味が有名ですが、古くは、「少女、おとめ、処女」という意味もありました。
超簡単な要約
父親にさからったマレーン姫は、罰として、7年間、塔に閉じ込められるなど、試練にあうが、最後には、最愛の王子と結婚する。
塔に閉じこめられるマレーン
ある国の王子が別の国の姫である、とても美しいマレーンと相思相愛になり、結婚しようとしますが、マレーンの父親に反対されます。
父親は、別の人間を娘の夫にしたかったのです。
しかし、2人は深く愛し合っていたため、マレーンは、「この人以外の方とは結婚しません!」と宣言。
怒った父親は、まったく光が差し込まない塔を建設させ、ここへ、マレーンとその侍女を閉じ込めました。
父:「おまえは、ここに7年いるがいい。おまえの曲がった根性が直っているかどうか、7年後に見てやろう」。
7年分の食事と飲み物が塔に運ばれました。
この塔は窓も何もなく、空と大地から遮断され、中は真っ暗です。
光が入らないので、昼なのか夜なのかもわかりません。
マレーンの恋人の王子は、塔のまわりから、マレーンの名前を呼びましたが、その声は塔の中には届きません。
2人には、嘆き悲しむことしかできませんでした。
7年たったけれど
7年たって、食べものが残り少なくなってきました。マレーンと侍女は期日が来たら誰かが助けにくると思っていましたが、誰も来ません。
マレーン(心の声):「お父様は私のことを忘れてしまったの?」
いよいよ食べものがなくなってきたので、マレーンは、塔から脱出することにします。
「最後の賭けに出なければ。壁をこわしましょう!」
マレーンは、パン切りナイフを手に、塔のレンガを接続しているモルタルをガシガシたたき始めました。
疲れたら、今度は侍女が、ガシガシたたく番です。
こうして2人は交代で、モルタルにタックルし、3日たってはじめて外の光が塔の中に入りました。
さらにナイフでガシガシやって、小さな穴を開けたら、青い空が見え、心地よい風が顔をなでます。
ですが、喜んだのはつかの間。あたりはすっかり、荒れ果てています。父親の城はこわされ、街や村は焼け野原で、人影がありません。
体を通せるぐらい大きな穴ができたので、まず侍女が、次にマレーンが、塔から脱出しました。
「みんないったいどこなの?」
実は、敵に攻められて、王様は城から追いやられ、国中の人はすべて殺されてしまったのです。
さまようマレーンと侍女
姫と侍女は、食べものと眠るところを求めて放浪します。いくつかの国で物乞いをしましたが、冷たく断られました。
2人は道端に生えているネトルを食べて、餓えをしのぎました。
あちこち、放浪したあげく、ようやく、ある街のお城の台所で、下働きの職にありつきます。
実は、この国は、昔マレーンと恋人同士だった王子の国でした。
しかし、王子は、父親の決めた相手と結婚直前です。
結婚相手は、とても醜く、性格も顔と同じくらいよくない人です。
この醜い女性は、すでにこの街にやってきていましたが、人に顔を見られたくないため、ずっと部屋に閉じこもっていました。
マレーンは、この醜い姫に、食事を運んでいました。
身代わりの花嫁
新郎新婦が教会に向かう結婚式の日が来ました。
道端で顔をさらし、人に笑われるのを恐れた醜い姫は、マレーンに、自分の代わりに式に出るよう頼みます。
醜い姫:「足をくじいて歩けないのよ。私の代わりに花嫁衣装を着て、教会へ行ってちょうだい」
マレーン:「とんでもありません。いやでございます」
醜い姫:「この黄金をあげるから・・・え、それでも嫌なの? あのね、私にさからったら、打ち首よ!(怒)」
殺すとおどされたので、マレーンはしぶしぶ花嫁衣装に身をつつみ、宝石をつけて、城の広間に行きました。
皆が、マレーンの美しさに驚きました。
王子(心の中で):「なんてことだ。この人は、僕のマレーンにそっくりじゃないか。でも、マレーンであるはずはない。マレーンは、ずっと塔に閉じこめられていたのだから。もう死んだはずだ」。
王子は、マレーンの手をとり教会に向かいました。
ネトルに話しかけるマレーン
道すがら、マレーンは、ネトルを見つけると話しかけました。
あら、ネトル
小さなネトル
こんなところで1人で何をしているの?
あなたのこと、前から知っているわ
ゆでずにあなたを食べたときから
焼かずにあなたを食べたときから
王子:何を話しているんですか?
マレーン:なんでもありません。ただ、マレーン姫のことを考えていただけです。
花嫁がマレーンを知っているらしいと知り、王子は驚きましたが、だまっていました。
その後もマレーンは、歩道橋や、教会のドアに、「こわれないでね。私は本物の花嫁じゃないわ」と話しかけ、そのたびに、王子に、「何を話しているんです?」と聞かれ、「マレーン姫のことを考えていただけです」、と答えました。
王子は、金色のチェーンを取り出すと、マレーンの首にかけ、自ら掛け金をとめました。
無事、式が終わって、城に帰ると、マレーンは醜い姫の部屋にかけていき、ドレスを脱ぎ、宝石を取りましたが、王子からもらった金のチェーンはそのまま首につけていました。
初夜の質疑応答
その夜、王子は醜い姫の部屋へやってきました。
醜い姫はヴェールをかぶっていたので、昼間の女性と違うことに、王子は気づきませんでした。
王子:「昼間、ネトルになんて話していたの?」
醜い姫:「え、ネトル? 私、ネトルなんかに話しかけませんわ」
王子:「え? ネトルに話をしていないなら、あなたは僕の本当の花嫁ではありませんが」
醜い姫:「私、ちょっと侍女のところに行ってきます。侍女は、私の考えを全部メモっておりますから」
醜い姫は、マレーンのところに行き、ネトルになんといったか聞きだし、王子に伝えました。
その後、王子から、歩道橋と教会の扉に話したことも聞かれたので、そのたびに、醜い姫はマレーンに聞きに走りました。
金のチェーン
王子:「私があげた金のチェーンはどうしたのですか?」
醜い姫:「え、何のチェーン?」
王子:「私が、あなたの首にかけて、掛け金をとめたチェーンです。知らないなら、あなたは僕の本物の花嫁じゃない」。
王子は、醜い姫のヴェールをとり、その醜い顔に恐怖を感じ、思わず、後ろに飛び退きました。
王子:「おまえは誰だ? なぜここにいる?」
醜い姫:「私はあなたの花嫁ですわ。顔を見られたくないから、下働きの娘を代わりに教会に行かせたのです」。
王子:「その娘はどこにいる? 今すぐ連れて来い!」
醜い姫は、部屋から出て、家臣に、「下働きの娘は、詐欺師だから、庭で首をはねてちょうだい」と命じました。
家臣がマレーンを庭に連れていこうと手をひっぱったとき、マレーンは大声で叫びます。
「助けて~~~~~っ!!」
その声を聞いた王子は、家臣にマレーンを放すよう命令。おりしもちょうど夜明けで、マレーンの首元で、金のチェーンがキラキラ輝いていました。
本物の花嫁
王子はマレーンを部屋に連れていき、あなたはマレーンではないかと、問います。
マレーン:「確かに、私はマレーン姫です。あなたのために、7年間、暗闇に閉じ込められていました。長らく、飢えと乾きで苦しみました。でも、きょう、とうとう、太陽が私をまた照らしています。私は教会であなたと結婚した、あなたの正式な妻です」。
2人はキスをすると、その後幸せに暮しました。
一方、醜い姫は、首をはねられました。
エピローグ
マレーンの閉じ込められていた塔は、長いあいだ建っていました。
子どもたちは、その前を通るとこんな歌を歌いました。
王様、栄光の王様、
この塔の中にいるのは誰?
王様の娘さ
見ることはかなわない
壁はこわれない
石の中を貫くことはできない
かわいいハンス、そのコートはきれいな色だね
僕についてきて、僕についてきて、できるだけ早く
原文(英語)⇒Maid Maleen – Grimm
忘れられた女
この童話、いろいろな解釈ができますが、とにかくマレーンは気の毒です。
「自分の好きな人と結婚する」と言っただけで、実の父親に塔に7年間、監禁されます。完全に犯罪ですが、昔は、こういう人権を無視したこと、実際にありました。
小説の中の人物ですが、『ジェーン・エア』のロチェスターも、気のふれた妻を屋根裏部屋に、幽閉していました⇒ジェーン・エア(シャーロット・ブロンテ著、1847)のあらすじ。
いまの感覚からすると、とても非人間的な仕打ちですが、当時、心の病の人をとじこめることはよくあって、ロチェスターは、むしろよく面倒をみていた、と言えます。
マレーンは、べつに気は狂ってなかったし、単に、父にさからっただけですが、真っ暗闇の塔の中に、7年も閉じ込められます。
恋人の王子は、外から呼びかけるだけ。
7年後、監禁のせいで衰弱していたであろうマレーンと侍女が、パン切りナイフというわりとやわなツールを用いて、たった3日間で、穴を開けることができた、この塔を、王子は、こわすことができなかったのでしょうか?
自分の国から鉄砲でも何でも持ってきて、家来に壊させればよかったのに。
彼はわりとそうそうにあきらめ、「マレーンは死んだ」と思っています。
マレーンが塔から出たあと、国民はみないなくなっていて、自分を知る人は、侍女だけ。このとき、マレーンは、肉体的には生きていますが、心理的には完全に死んでいます。
誰も彼女を知る人がいない、忘れ去られた存在なのです。

強い女
一方、マレーンは、父親の言いなりにならなかった強い女性でもあります。
真っ暗闇の中で7年耐え、飢えでよろよろになっても、ネトルを食べて生き延びました。
ネトルは、日本語だとイラクサで、ギザギザのはっぱを持つ植物です。

ニセホウレンソウという名前もあり、食用、薬用に使われます。
マレーンは、もと恋人の王子の城にたどりつきますが、王子に、「私よ、マレーンよ」と名乗ることはしません。
心理的には、昔のマレーンは死んでいたからだと思います。
しかし、代わりの花嫁として、王子と教会に行き、金のチェーンをもらい、最後に、王子に、「あなたはマレーンではないですか?」と聞かれたとき、太陽の光が自分とチェーンにあたって復活をとげます。
闇から光への劇的な逆転。
マレーンは昔のマレーン姫となり、王子の正式な妻となります。しかも、最後には、「この塔には、国王にとじこめられたお姫さまが住んでいた」というわらべ唄の主人公になり、忘れられた女から、歌いつがれる伝説の女に変わります。
この話、闇の世界から、光の世界に行く、童話らしい童話です。
シンデレラと同じように、マレーンは、最初はわりといい位置にいて、下にどーんと下がり、最後は、前以上に上にあがります。
ドラマチックで、わりと好きな話ですが、あまり有名ではありませんね。
途中から完全に存在が消えたマレーンの侍女とともに、時々思い出したい強いヒロイン、それがマレーン姫です。
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この童話は、Sagen, Marchen und Leider der Herzogthumer Schleswig, Holstein und Lauenberg (Sagas, Tales and Songs from the Duchies of Schleswig, Holstein and Lauenberg)という童話集に入っていたもので、それをグリム兄弟はちょっと書き換えました。
Sagen ~という童話集を編集したのは、 Karl Mullenhoffという人で、この人は、ヴィルヘルム・グリムの元生徒でした。
☆やはり塔に閉じ込められたお姫様の話
この塔は、ちゃんと窓があり、王子様が入ってくることができました。
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