Frozen II(アナと雪の女王2)(2019)の感想と疑問

フィヨルド アンデルセン童話

ディズニーのアニメーション映画、Frozen 2 を見ましたので感想を書きます。

邦題は、『アナと雪の女王2』です。

前作で、Frozenのファンになった人の期待には応えることができていると思います。

アニメーションもすばらしいです。ただ、話がやや複雑で(私の理解不足か?)、ストーリー展開に大きな疑問が残ります。

これまで3回見ましたが、私の疑問はまだ解消されていません。

予告編(1分53秒)

Frozen 2 Official Trailer

この海、まるで本物みたいですね。

この荒海を、魔法で氷の路を作って、進んでいくエルサ、迫力があります。

公開は2019年、長さは1時間43分。監督は前作と同じで、ジェニファー・リーと、クリス・バックさん。

あらすじ(出だし部分、ネタバレなし)

前回から3年ほどたったアレンデール(アナとエルサの王国)では、アナ、エルサ、オラフ(雪だるま。エルサが魔法で出したもの)、クリストフ(氷商人、アナの恋人)、スヴェン(クリストフの盟友トナカイ)が、幸せに暮らしていました。

しかし、エルサは、なにか居心地悪さを感じています。

ある日、エルサは、不思議な声を聞きます。どうやらこの声はエルサにしか聞こえないようです。

と思っていたら、突然、アレンデールに風がふいてきて、火や水が止まります。

エルサが、「空気、火、水、大地…風がふき、火が消え、水が止まった。次は大地。大変、逃げなければ」と言うやいなや、大きな地震みたいなのが起きて、舗道(石造り)がはがれ、アレンデールの人々は、大風で真っ暗な中を、そばの崖(丘?)みたいなところまで逃げます。

空気、火、水、大地というのは、このあたりにある、魔法にかけられた森(Enchanted Forest)を守っている4つの精霊です。

アナとエルサは、この精霊のことを、幼いとき、父親から聞いていました。

父親によれば、この森には、ノーサルドラ(Northuldra)という人々が住んでいて、自然と調和しながら平和に生きていました。

しかし、アナとエルサのおじいさん(この時の国王)が、友情の印に、ノーサルドラの人々に、ダムをプレゼントしたお祝いの席で、なぜか、アレンデールの人々と、ノーサルドラの人々が戦いを始め、おじいさんは亡くなりました。

だから、精霊が怒って、この森の周りをとても深い霧で囲み、その場にいた人々は、30年以上閉じ込められているのです。

当時少年で、お祝いの席にいた父親は、誰かに助けられて、森から出ることができ、帰ってきてすぐに国王の座をつぎました。

どうやら、森の精霊たちはまだなにか怒っているらしい、最近、聞こえる声はそのことと関係があるのだろう、いま、こんなことが起きているのは、私の魔力と関係があるのかもしれない。声の主に会いにいかねば、そうエルサは思います。

そんなわけで、アナ、エルサ、オラフ、クリストフ、スヴェンは、秘密の森に向かいます。

冒険ファンタジーふうの話です。

見どころ1:アニメーション

前回は、冬で、氷や雪がいっぱいでてきましたが、今回は秋で、森、海、空など、自然描写がとてもきれいです。

エルサの魔法もパワーアップしていて、予告編で見られるような、まるで戦闘シーンみたいな描写を楽しめます。

キャクターの表情も、まるで人間みたい。アニメなので、多少誇張してあるせいか、皆、とても表情豊かです。

見どころ(聞きどころ)2:音楽

前作のほうがキャッチーな曲が多かったと思いますが、今作の音楽も、いい曲が多く、それなりに楽しめます。

私が好きだったのは、クリストフが歌っている、80年代のロックバラードふうの曲です。彼とトナカイが歌っている様子は、当時のプロモーションビデオのパロディになっています。

3分34秒。

Jonathan Groff – Lost in the Woods (From "Frozen 2"/Sing-Along)

トナカイの表情が最高におもしろく、何回見ても笑えます。まあ、私は好きですが、子供やいまの若い人には受けないかもしれません。

さて、いくつか疑問があるのですが、2つだけ書きます。

疑問1(ここからネタバレあり)~国王の言葉に関して

冒頭、父親に森の話を聞いたあと、お母さんに、「もう寝る時間よ」と言われ、アナは、「え~~でも、まだ質問がたくさんあるのに」と言います。

お父さんは、「それはまた別の機会に」と言って部屋を出ていきますが、アナは、別の機会に疑問を解消することができたのでしょうか?

アナは、「贈りものをあげた人を攻撃する人なんていない」と言うのですが、これが、今回の話の鍵になっています。

アナはこの点を気にしていて、エルサは、森の精霊たちはどうなったのか、そっちを気にしています。

私が気になるのは、「お父さんが、自分を助けた人を知らなかったのか、どうか」、です。

アナが「パパを助けてくれた人が誰かわからないけど、そういう人、大好き」と言ったとき、父親は、「誰が助けてくれたのかわからないんだ。僕も知りたいんだが」みたいなことを言います。

え?

でも、彼を助けたのは、彼の后になった人、つまり、アナとエルサの母親であった、ということが、疑問2でも書くように、わりと最初のほうでわかります。

人魚姫が、王子を助けたように、母親(イドゥナという名前)は、皇太子(後の王子)を助けたのです。

それを、国王は知らないってこと?

それとも、子どもたちの前で嘘を言っているってこと?

ここが、第一の疑問。

物語の終わりのほうで、エルサは、アトホラン(Ahtohallan)という川に行き着きます。

ここは、昔のできごとが、氷の彫像になっている不思議な場所で(水に記憶があるからそうなるらしい)、ここで、若き日の、イドゥナと国王がいて、「あなたに伝えたいことがあるの、私の過去についてなんだけど」とイドゥナが言っています。

ということは、自分が、国王を助けたと告白したのかな?

まあ、そんなこと、どうでもいいことなのかもしれませんが、私は、この国王の性格に興味があるので(エルサの魔法を否定して、隠そうとしたのはよくないと思っているため)、気になるわけです。

しかし、もっと大きな疑問があります。

疑問2:イドゥナの生い立ちについて

アナとエルサが森に入って、ノーサルドラの人たちと会ったとき、母の形見のショールから、イドゥナは、ノーサルドラ一族の人間だったいうことがわかります。

え?

母がノーサルドラ人だったとわかるシーン。ちょっと長いけど(3分55秒)

Elsa & Anna's mother is Northuldra "FROZEN 2"(+Vuelie)

母親がノーサルドラ人だとわかったあと、感動的なコーラスが流れます。美しいですね。

でも、ちょっと待ってよ。

そのこと、これまで誰も知らなかったの?

だって、ノーサルドラの人ってあきらかにアナたちと見た目が違うじゃないですか。ノーサルドラの人たちは、北欧の先住民がモデルだそうです。

だから、どうみても白人じゃない。

しかし、アナとエルサはどうみても白人系。

お母さんの顔も白人だと私は思う。お母さんだけ、どうしてあんなに白人っぽいのか?

それは、最初は、ふつうに白人という設定にしていたからだと思います。

しかし、続編の話の都合で、ノーサルドラ人ということになってしまいました。

冒頭、父親は、「ノーサルドラの人たちは、アレンデールの人間とはずいぶん生活様式が違う」と言っています。

それならば、お母さんは、そうした文化をアレンデールの城に持ち込んだはずですが、そのようなふしは全くない。

それにアナとエルサは、自分の母親が、別の民族の人だったとわかっても、たいして驚いておらず、むしろ喜んでいます。

私ならもっとショックを受けると思います。

ずっと日本人だと思っていた、自分の母親が、韓国人か、アイヌの人か、まあ、とにかく日本民族ではなく、自分はハーフなのだとわかったら気持ちの整理をする時間がいるんじゃないでしょうか?

自分のアイデンティティにこだわっているわりには、エルサは、ここでは、あっさり受け入れています。

それに、お母さん(このときはまだ少女)は、お父さんを助けて、森を出たあと、どうやって暮らしたのでしょうか?

自分の民族は、森の中に閉じ込められているから、親兄弟には会えなかったはず。

誰が養ってくれたのか? 生活費はどうしたのか?

まとめ

映画を見ているときは、ふつうに楽しめ、好きなシーンもいくつかありますが、ストーリー展開に納得がいかない作品です。

それはやはり、前作で完結していたのに、あまりにヒットしたから、続編を作ることになり、むりやりストーリーを考えたからではないでしょうか?

伝えたいことが先にあったのではなく、続編を作らねばならないから、こんな話を作ってみた、という感じ。

アニメーション映画としてのできはいいし、娯楽作品としても水準の高い部類に入ると思いますが、あまり説得力は感じられません。

子供はそんなこと、気にしないかもしれませんが。


実は、Into the Unknown: Making Frozen 2 という制作の舞台裏を見せるドキュメンタリーも見ました。

30分ぐらいのエピソードが6回もある、長いドキュメンタリーです。

正直、こっちのほうが、本編よりおもしろかったです。

ディズニーの人が、いかにがんばって、アニメ映画を作っているかよくわかります。

そうです。みな、すごくがんばって、情熱を傾けて仕事をしています。何もないところから、こんな映画を作ってしまうのはすごいです。

そこはとても評価できます。

制作の過程で、社内の人、一般人の親と子供など、オーディエンスを変えて、何度か試写をし、そのたびに、ストーリーのわかりにくい部分など変えていってます。

たとえば、黒澤明監督はこんなことはしません。

彼は、自分が作りたいもの、表現したいものを映画にするために、いろいろなところに、やたらとこだわっています。

つまり、彼の作品には作家性があります。

一方、ディズニーの制作陣は、すごく市場に合わせて作っている感じです。

だから、それなりの水準の映画ができあがりますが、そこが、作品としての弱さにもつながると思います。

前作のレビューはこちら

Frozen (アナと雪の女王)(2013)の感想。

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