グリム童話から、邦題『なでしこ』のあらすじを紹介します。英語のタイトルは The Pink、オリジナルのドイツ語のタイトルは Die Nelke です。
願ったことは何でも実現できる、まるで魔法使いのような王子が出てくる話です。王子は恋人をなでしこの花に変えて、故郷につれていきます。
女王の願い
子供ができない女王が、毎朝、庭で神様に、子供を授けてくれるよう頼んでいました。
するとあるとき、天使がやってきて、「大丈夫よ。男の子が生まれます。その子は、願ったことをなんでも叶えられる力をもっています」と言いました。
女王は、王様にこの話をし、ほどなく男の子を産みました。王様は大喜びでした。
毎朝、女王は、王子を連れて庭に行き、水浴びをしました。この庭には、野生の動物が住んでいます。息子が少し大きくなったときのこと、女王が王子を抱いたまま庭で居眠りをしているすきに、年老いた料理番が、王子を誘拐しました。
この料理番は、王子のパワーを知っていたのです。
料理番のたくらみ
料理番はニワトリを切り刻み、その血を女王のドレスになすりつけます。それから、王子を、秘密の場所につれていき、そこにいた乳母に、世話をするよう言ったのち、王のところに行き、女王が王子を野生の動物にあてがったと嘘をつきました。
女王の衣服の血を見て、この話を信じた王様は、すごく怒り、高い塔を建てさせ、女王を閉じ込めました。
この塔で7年間、女王は飲まず食わずで暮らし、死ぬ運命でした。しかし、神様が、2人の天使を、白い鳩に変え、この鳩が日に2回、女王に、食べ物を持ってきてくれました。
成長した王子
料理番は、「王子に願いを叶えるパワーがあるから、私は簡単にやっつけられてしまうかも」と不安でした。
王子はすでに言葉を話す年齢になっていました。
料理番は、王子に、城と庭を願わせ、それが実現すると、次に、「1人でいるのはよくないから」、と王子の連れになるきれいな女の子を願わせました。
王子が願うと、どんな画家も描いたことがない美しい女の子が現れました。
2人はともに遊び、心から愛し合い、料理番は、貴族のように、狩りに行きました。
料理番のたくらみ、その2
料理番はまた思ったのです。いつかは、王子が父親のもとに戻りたいと願うのではないかと。すると自分の嘘がばれます。
料理番は、王子の恋人である娘に、王子が寝ているあいだにナイフで殺せ、と命じました。
料理番:「ナイフで刺して、王子の心臓と舌を持ってこい。さもなければ、おまえの命はないぞ」。
こう言って、彼はどこかに出かけました。
翌日、料理番が戻ったとき、王子はまだ生きていました。
娘:「どうして、誰にも危害を与えていない、罪のない人を殺さなければならないの?」
料理番は、もう一度、「やらないと命がないぞ」と娘を脅し、またどこかに出かけました。
犬にされる料理番
娘は、召使いに頼んで、雌ジカを殺し、心臓と舌を取り出しお皿に盛らせます。料理番が戻ってくるのを見た娘は、王子に、ベッドで衣類をかぶって寝ているよう言いました。
しかし、娘が、料理番に皿をさしだしたとき、王子がベッドから飛び起きました。
王子:「なぜ、おまえは私を殺したいのだ? おまえの罰を言い渡す。おまえは、金の首輪をつけた黒いプードルになり、燃えている石炭を食べるのだ。炎でおまえの喉が焼けるまで」。
こう王子が言うやいなや、そのとおりのことが起きました。
その後しばらくして、王子は、母親のことを思いました。
なでしこになる娘
今も母親が生きているのかどうか気になった王子は、少女に一緒に自分の国に行こうと言います。
しかし、少女が、誰も知らないところには行きたくないとしぶったので、王子は、彼女がきれいな、なでしこになることを願い、なでしこになった少女をポケットに入れ、生まれた国に向かいました。プードルもそのあとをついて行きます。
王子は、母親が閉じ込められている塔に行きましたが、あまりに高いので、はしごを願い、そのはしごを使って母親のところまで行きました。食べ物をもってきてくれる鳩(天使)のおかげで、母はまだ生きていました。
猟師のふりをする王子
王子は母を助けるため、猟師のふりをして、王様のところに行き、雇ってほしいと頼みます。
王子は、願えば何でも出せるので、信じられないほどたくさんの獲物を出し、王様に見せたら、すぐに雇ってもらえました。
腕のよすぎるこの猟師を王様はとても気に入り、宴会の席で、隣に座るように言いました。
王子は、母親の話を切り出したかったので、王様の側近の1人が、王様に女王の安否をたずねるよう願いました。
そのとおりのことが起き、王様は、大事な息子を野獣にあてがった女のことなど知ったこっちゃない、と言います。
正体をあかす王子
すると、猟師(王子)は、立ち上がり、自分が王子であることや、母がまだ生きていること、料理番が自分を誘拐したことを話し、黒いプードルを料理番に戻しました。
料理番を見るやいなや、王様は怒り、彼を地下牢にぶち込みました。
王子:「父上、私をやさしく育て、私を殺さないと命がないぞと言われたのに、殺さなかった女性に会いたいですか?」
父が「会いたい」と言ったので、王子は、なでしこをポケットからとりだし、テーブルの上に起きました。見たこともないほど、美しい花でした。
その後、王子が、花が少女の姿になるよう願うと、どんな絵描きも描いたことがない美しい少女が現れました。
みなの運命
王様は、女王を塔から出し、食卓につかせましたが、女王は何も食べません。
女王:「慈悲深い神様が、塔にいる私を支えてくださいました。神様が、もうすぐ私を自由にしてくださるでしょう」。
女王は、この後、3日生きて、安らかに亡くなります。年老いた王様は、料理番を4つに切り裂くよう命じましたが、悲しみのため、彼もまたまもなく亡くなりました。
王子は、なでしことして持ってきた、美しい娘と結婚しましたが、2人がまだ生きているかどうかは、神様だけがご存知です。
参考にした英語版のグリム童話⇒The Pink | Grimm’s Fairy Tales | Grimm Brothers | Lit2Go ETC
教訓
「なでしこ」はあまり有名な話ではありません。私には、妻が閉じ込められていた「7年」のくだりがよくわかりません。
料理番にさらわれたとき、王子はいったい何歳だったのでしょう。母親が抱いていたというから、まだかなり小さかったと思うのですが。
さて、この童話からはいろいろなことを学べます。
・子供を抱いたまま居眠りしてはいけません
・事実を確かめないまま、妻を塔に閉じ込めてはいけません
・人を陥れてはいけません
・欲にかられてはいけません
・信仰心があれば、死ぬ時、安らかでいられます
・愛するものに尽くせば、幸せになれます
など。
望みどおりの恋人
この話に出てくる王子は、願いさえすれば、何でも実現できるパワーがあるのに、それを濫用しないところがいいですね。
というか、母親を助けたいなら、「母よ、助かり給え」とか願えば、それで、すべて解決するのに、いろいろとややこしいパワーの使い方をしています。
王子が、知らない土地に行くのをしぶる恋人を、美しいなでしこの花にして、故郷につれていき、花の状態で、王様に見せるところや、そのあと人間の姿に戻すところはロマンチックです。
ロマンチックですが、この娘、そもそも、王子がパワーで出したもの。
王子は自分の好みの娘を作りだし、花に変えて、故郷に連れていったのです。
なでしこはまるで、『源氏物語』の紫の上のようです。源氏は、まだ幼い紫の上を見初めて引き取り、自分好みの女性に仕立てたあと、妻とします(厳密に言うと正式な妻としてお披露目はしていない)。
源氏物語には、不幸な女性がたくさん出てきますが、私が一番不幸だと思うのはこの紫の上です。
源氏が作り出した女性だから、源氏が勝手なことをすると、とたんに不幸になってしまうのです。
しかし、紫の上は、聡明で性格がいいので、源氏に尽くします。
命をかけて、王子を守ったなでしこも、王子がいなければ、不幸になってしまうでしょう。
紫の上も、なでしこも、女性は男性の言うことをきいていれば幸せになれる、という価値観があった時代の創造物です。そういう意味では、『なでしこ』は、グリム童話らしい童話です。
まあ、この王子は性格がよさそうなので、きっと2人で、末永く幸せに暮らしたことでしょう。
なお、『なでしこ』には2種類の話があり、きょう紹介したのは、グリム童話、第2版以降にのっている方で、なでしこの「第1話」と言われているものです(Wikipedia情報)
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