柔らかい肌・フランソワ・トリュフォー監督(1964)の感想

女性の腕 映画のレビュー(一般)

La peau douce (柔らかい肌)という映画を見ました。

トリュフォー監督の作品としては、あまり有名でない部類の映画で、興行的には失敗し、失敗作という位置づけの作品ですが、「最高傑作」という人もいます。

内容はある男性の不倫の顛末で、なんということはないストーリー。三面記事にのっていそうな事件を扱っているわりには、淡々と話が進みます。心理描写は浅めだけど、細部の演出がおもしろくて、結局最後まで見てしまう、そんな映画です。

60年代の風物が興味深いので、私のように古い映画が好きな人は、より楽しめるでしょう。

柔らかい肌、作品情報

・監督:フランソワ・トリュフォー
・脚本:トリュフォー、ジャン=ルイ・リシャール、ジャン=フランソワ・アダム
・制作:フランス
・上映時間:113分、フランス語
・主演:ジャン・ドサイ(ピエール・ラシュネー)、フランソワーズ・ドルレアック(ニコール、ピエールの不倫相手、客室乗務員)、ネリー・ベネデッティ(フランカ、ピエールの妻)
・小ネタ:トリュフォーは実際にあった痴情のもつれ的事件を報じる記事2つを読んで、着想を得た、と言われています。オールロケーションでセットは使っていません。

1964年、カンヌ映画祭に出品されたものの、会場での反応は今ひとつ。この時、パルム・ドールを獲得したのは、ドルレアックの妹、カトリーヌ・ドヌーブの主演する、ジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』です。

シェルブールの雨傘:ジャック・ドゥミ監督(1964)の感想。

予告編(3分45秒)

最初に、トリュフォーのこれまでの作品2つを見せているため、やや長いです。

あらすじ(結末は書きません)

パリに住むピエール・ラシュネーは、著名な文芸評論家で、テレビにも出ている有名文化人。年は40代半ばぐらい。結婚して15年で、美しい妻、フランカと、サビーヌというかわいい娘(8歳ぐらい?)がいる。

ラシュネーは、リスボンで講演するため乗った飛行機で、ニコールという若くて美人の客室乗務員に心をひかれる。

彼が泊まったホテルにニコールも泊まっていてエレベーターで乗り合わせる。このとき、ピエールは、自分の部屋のフロアで下りず、ニコールの部屋を確かめるため、ずっとエレベーターに乗って、彼女の部屋を確認する。

その後、自分の部屋からニコールに電話して、「一杯、飲みませんか」と誘うが、いったん断られる。しかし、折返し、ニコールから電話がかかってきて、翌日の夜、食事をともにし、親しくなり、結局、ピエールはニコールの部屋にいき、関係ができる。

リスボンの帰りの飛行機で、ピエールは、またもニコールに会い、ニコールは機内で、自分の電話番号を書いたマッチをピエールに渡す。

パリに戻ったら、お互い忙しいため、なかなかデートできず、ピエールは、ニコールと不倫旅行をするため、ランスで行われる映画の映写会で、スピーチをする仕事(友人からの話)を引き受ける。

2人で車でランスに向かうが、ピエールは、友人や関係者とともにディナーをしなければならず、ニコールをホテルに放置する。

しかし、なんとか友人をまき、ランスを出てパリに向かう途中のホテルでニコールと過ごす。

妻、フランカに、「仕事のせいで、もう一晩こっちに泊まる」と電話したら、前の晩、ランスのホテルに電話して、夫がいないことを知っていた妻は、彼にきついことを言う。

パリにもどってピエールとフランカは大げんかになり、ピエールはそのまま家を出る。

もう妻とは別れるつもりのピエールは、ニコールに、2人の新居用のアパルトマンを見せ、「ここは、サビーネ(娘)が遊びにきたとき用の部屋」などと言うが、結婚はしたくないニコールは、不機嫌になる。

「結婚はなしで、これまでどおりときどき会って、お話ししたりしたい」というニコールに、ピエールが、「それはできない」と言うと、ニコールは、「じゃあ、もうお別れよ。さようなら」と言ってタクシーで去る

一方、ピエールの背広のポケットから、写真屋の受け取りの券を見つけたフランカは、自ら写真を取りにいき、不倫旅行でピエールが撮影した、ニコールの美しいポートレートや2人仲良く写っている写真を見て、大ショックを受ける。

見どころ1:ヒッチコック風演出

1964年は、トリュフォーがアルフレッド・ヒッチコックの映画をしっかり研究していたころで、随所にヒッチコック風演出が見られます。

(彼は、1962年に、1週間かけて、ヒッチコックに映画についてロングインタビューをし、これをベースに、1966年、Hitchcock/Truffaut(邦題:映画術)という本を出版しました)。

冒頭、ピエール・ラシュネーがメトロの駅の階段をあがってくるときから、すでにヒッチコック風です。その後、ラシュネーが、友人の車で、飛行場に行くとき、時間ギリギリで、乗り遅れるかもしれず、みょうにサスペンスフルな音楽が流れます。

しかし、2人は、「講演では何について話すの?」「バルザックさ」みたいにのんびりとした会話をしていて、ドキドキさせる音楽と釣り合っていませんが、この奇妙さが、変にサスペンスフルです。

ほかにも、リスボンのホテルで、ニコールと乗り合わせたときの、視線のからみ、エレベーターがやたらゆっくりあがっていくところ、ニコールのホテルを確認し、ピエールが自分の部屋に行こうと、歩いているとき、それぞれの部屋の前に出ている靴がどんどん見えるシーン、

デートの約束をとりつけたあと、うれしくなったピエールが、部屋中の電気をばちばちばちとつけるシーン(夫婦が住むアパルトマンで、夫婦で、ばちばちと電気を消していくシーンもあります)、

パリにもどって、電話をかけようかどうか、迷うシーン(家からだと無理だし、オフィスからだと秘書に聞かれるかもしれない)など。

予告編にも出てきますが、ランスに行く途中で、ピエールが、ジーンズをはいているニコールに、「僕はスカートのほうが好きだな」と言ったため(保守的な男性ですね。1960年代はこれがふつうなのか?)、ピエールが給油しているあいだに、ニコールは、大急ぎで、スタンドのトイレ(たぶん)で、スカートに着替えます。

このときも、なぜか、時間との戦いふうの演出がなされています。

そのたびに、靴、電話、マッチなど、いろいろな物が大写しになり、やたらと数字も映ります。鏡や店のガラス窓の使い方もたくみで、緊張感が高まります。

見どころ2・トリュフォーのアパルトマン

ピエールとフランカの住むパリのアパルトマンは、当時、トリュフォーが、住んでいた16区(裕福な人が多いエリア)にあるアパルトマンです(その後、彼はここを出ていき、奥さんのアパルトマンとなりました)。

なかなか素敵な住まいで、居間は、ほかの部屋より一段低くなっていて、階段を数段おりて入るようになっています。

そこには、壁全面が本箱というか、オープンブックシェルフみたいなのがあり、中央にテレビが据えられ、周囲に本がたくさんあります。

ここで、サビーネ(娘)は絵本を読んだり、おもちゃで遊んでいたりします。ピエールは、ランスからおみやげにレコードを持ち帰り、娘に聞かせますが、それはハイドンの『おもちゃの協奏曲』です。

彼はなかなかいいお父さんです。サビーネを寝かせるピエールのほほえましいシーンもあります。

居間のとなりに夫婦の寝室があり、その仕切りは、上下におろすことのできる間仕切りで、仕切りには風景が描かれています。

ふだんこの仕切りを下げておけば、リビングルームはより広く感じられるのでしょう。

居間の窓は路面に面しており、わりと広く、サビーネが遊んでいるのと反対側には、立派なソファがあり、お客さんの応接もここでします。

入り口からすぐのところにも、テーブルとチェアがあり、奥のほうには、子供部屋やピエール自身の書斎(ここにも本がたくさんある)もあり、かなり広いアパルトマンです。

夫婦の寝室にあるワードローブも大きいです。

いかにも、パリの金持ちの知識人が住むのにふさわしいアパルトマン、という感じ。

この映画はあまり予算がなかったので、トリュフォーは、自分のアパルトマンを使ったのでしょうが、ピエールという男性は、トリュフォー自身のことなのでしょう。ピエールの専門は、トリュフォーの好きなバルザックです。

トリュフォーは貧しい生まれですが、1964年当時は、前の3本の長編映画で成功して、金持ちの有名人になっていたはずです。

映画の仕事で、いろいろな場所に行き、美しい女性と出会う機会もたくさんあります。

彼は、1957年に、有力な映画の配給会社の社長令嬢と結婚しますが、この当時、すでに結婚生活はうまくいってなかったようです。

ピエール・ラシュネーは、浮気をするようなタイプではありませんが、たまたま偶然が重なり、不倫をして、その結果、不倫相手も妻も失い、ひどい目にあいます。

トリュフォー自身は、そういう男性を映画にすることによって、自分を救済したのかもしれません。

彼は映画が大好きだったので、映画を撮影できれば、結婚生活の1つや2つ、こわれても大丈夫だったのでしょう。

今のところ、アマゾンのプライムでは見られませんね。16区のアパルトマンの間取りをチェックするためだけに、この映画を見返しましたが、そんなに悪い映画でもないと思います。

3人とも、役に合っているし、特に主演のピエール役の人は、やさしくて紳士的で、仕事のことになると雄弁だけど、全体的に情けない、保守的な中年男性をうまく演じています。

ランスでの映画の試写会の会場の様子は、べつの映画で使った映像を使いまわしているので、ジャン・ピエール・レオーがちらっと見えます。

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