ロシアのシンデレラと言われる、『うるわしのワシリーサ』というロシアの民話を紹介します。
英語のタイトルは、いくつかありますが、Vassilisa, the beautiful という訳が代表的です。
簡単な要約
母を亡くしたワシリーサは、継母や姉にいじめられるが、母の形見の人形と共に窮地を切り抜け、最終的に王子の妻になる。
母の遺言
昔、ある村に年老いた夫婦が一人娘と住んでいました。家族は幸せに暮らしていましたが、あるとき、母親が病気になります。
死を覚悟した母親は娘を枕元に呼び、小さな人形を渡してこう言いました。
「この人形を大事にして、決して、ほかの人に見せてはいけないよ。もし、おまえに災難がふりかかったら、人形に食べものをあげて、助言を聞きなさい。この人形がおまえを助けてくれるよ」。
こう言うと、母親は亡くなりました。
父の再婚といじわるな継母
父親は悲しみましたが、しばらくすると再婚しました。娘には母親が必要だと思ったのです。しかし、再婚相手は性格に問題のある人でした。
継母には2人の娘がいました。世にもいじわるな少女たちです。
継母は自分の娘ばかりかわいがり、ワシリーサにはつらくあたりました。母と姉たちは仕事を全部、ワシリーサに押し付けました。
仕事のしすぎで、ワシリーサが、やせて、外で働いているうちに、醜くなればいいと思ったのです。
ワシリーサは、継母たちのいうことをよく聞きました。しかし、日ごとに美しさに磨きがかかり、言葉では表せないほど美しくなります。
実は、ワシリーサは、毎朝、人形にミルクをあげて相談していたので、すべての仕事は人形がしていました。
人形が労働している間、ワシリーサは、木陰に座ってくつろいでいました。
人形はあらゆる仕事をこなし、日焼け防止の薬草まで見つけて、ワシリーサに与えたので、ワシリーサはますますきれいになったのです。
父親が出かける
しばらくして、用事で、父親が家を出ることになりました。風が強く、冷たい雨が降っていた晩秋のある日、家族は家にとじこもっていました。
家族の住む村のまわりには、深い森があり、そこにはバーバ・ヤーガという人食いの魔女が住んでいました。
継母は娘たちに仕事を与えました。長女はレース編み、次女は靴下編み、ワシリーサは、糸繰り(糸をつむぐこと)です。
継母は娘たちが働く部屋にだけ火を灯しましたが、ほどなく、火をつけていた小枝が割れて、火が消えました。
「ああ、どうしよう。火が消えちゃった。家にはもう火がないから仕事ができないわ。誰かが、バーバ・ヤーガに火をもらいに行かなくちゃ」。
姉2人は、自分たちは編み物に使っている針や編み棒の光で仕事ができるから、ワシリーサが火をもらいに行かねばならないと言います。
「火をもらって来なさい」。
姉たちは、ワシリーサを家から押し出しました。
バーバ・ヤーガのもとへ
真っ暗な森の中、雨風に吹かれ、泣きながら、ワシリーサは人形に相談しました。
ワシリーサ:「どうしよう。バーバ・ヤーガのところに行ったら、食べられてしまうわ」
人形:「大丈夫よ。私といる限り、あなたに災難は起きないわ」
この言葉に勇気づけられ、ワシリーサは、暗闇の中を、人形を胸に押し当て、震えながらバーバ・ヤーガの家に向かって歩き続けます。
突然、白い騎士が目の前をかけて行きました。馬も服装も何もかも白い騎士です。
そろそろ夜明けです。ワシリーサの手は氷のように冷たく、足元はふらふら。ワシリーサは、転んでも、立ち上がり、歩きつづけました。
すると今度は馬も馬具も騎士の服も、何もかも赤い騎士が目の前を通り過ぎました。
太陽がのぼったあとも、1日中、ワシリーサは歩き続けます。夕方になって、ようやく魔女の小屋を見つけました。
不気味すぎるバーバ・ヤーガの家
その家のフェンスは人間の骨でできており、上部には、がいこつが並んでいます。
門も取っ手も人間の骨で、閂(かんぬき)は、人の歯です。
この光景におびえてワシリーサが立ちつくしていると、何もかも黒い騎士が門の中に消えていきました。
夜になり、暗くなると、フェンスのがいこつの目の中が光りはじめ、そこだけ昼のように明るくなりました。
ワシリーサは恐怖で動けなくなりました。
バーバ・ヤーガの登場
すると地面が揺れ始め、すり鉢に乗った魔女が帰ってきました。魔女はすりこぎで、すり鉢を進め、竹ぼうきで、自分が来たあとをかき消しています。
「くん、くん。ロシア人のにおいがする。そこにいるのは誰だ?」
「私です。おばあさん。まま母の娘たちに言われて、火をもらいに来ました」
「ああ、そうかい。あの娘たちは私の親戚だ。おまえは、ここで私のために働きな。そうしたら、火をあげよう」
バーバ・ヤーガが、大声で、門に、「開け!」というと、門が開きます。
ワシリーサに襲いかかりそうになる木や犬、猫に、バーバ・ヤーガは、「この娘は私が家に入れるのだから手出しをするな」と言って、ワシリーサを家に入れました。
「ごらんのとおり、ここから逃げ出すことはできないよ」。
バーバ・ヤーガは、下働きの少女に食事の支度を命じました。
ワシリーサの試練
バーバ・ヤーガは大量の食べものを食べますが、ワシリーサはパンのかけらしかもらえません。
魔女は、ワシリーサに、雑穀の山の仕分けを命じました。「仕事を終えないと、おまえを食べてやる」と言って、バーバ・ヤーガは寝てしまいます。
ワシリーサはもらったパンのかけらを人形にあげて、泣きながら相談しました。
「泣かないで、あっちで寝ていて。寝れば気分がよくなるわ」。
ワシリーサが眠ると、人形は、いろいろな鳥たちを呼び、雑穀の仕分けを頼みました。鳥たちは、雑穀をつつきながら、完璧に仕分けます。
仕事が終わろうとしていたとき、何もかも白い騎士が門を通りすぎ朝になりました。
魔女:「仕事は終わったかい?」
ワシリーサ:「はい、すべて終わりました。おばあさん」。
魔女はむっとしましたが、どうしようもありません。
次に魔女は、娘にケシの種(たね)の仕分けを命じましたが、このときも、人形がねずみたちに仕分けさせ、仕事は無事終わりました。
またも、仕事がきちんと終わっていると知り、むっとした魔女ですが、仕方ないので寝ることにして、ワシリーサにもかまどの向こうで眠るように言いました。
バーバ・ヤーガの計画
魔女は下働きの娘に、「かまどをしっかり熱くしておきな。朝起きたら、ワシリーサを料理するからさ」と言って寝てしまいました。
ワシリーサは泣きながら、人形にパンのかけらをあげて相談すると、人形はある計画を指示し、ワシリーサは、言われたとおりにします。
つまり、下働きの娘にハンカチをあげて、かまどをたくのをやめさせたのです。下働きの娘は喜んで、「魔女の足をくすぐり、起きないようにするから、家に戻って」と言いました。
ワシリーサ:「でも、騎士が私をつかまえないかしら?」
下働きの娘:「大丈夫よ。白い騎士は夜明けの光、赤い騎士は輝く太陽、黒い騎士は夜の闇なの。何もしやしないわ」。
脱出するワシリーサ
門を出ると、犬と猫が襲ってきましたが、パテやパンを投げ、木には赤いリボンを結んだら、ワシリーサに、手出しをしませんでした。
ちょうつがいのところに油をぬったら、門もうまく開きました。
あたりは真っ暗だったし、火を持って帰らないと、継母になぐられそうです。しかし、ここでも人形が的確なアドバイスをしました。
しゃれこうべの乗っている骨を1本持っていけばいい、と。
ワシリーサはしゃれこうべのトーチを持って、無事に家につきました。
まま母たちの最期
「遅かったわね。いったい何してたの? 家には火が全然なかったのよ。何度、火をつけようとしてもつかないのよ」。
継母たちが、しゃれこうべのライトを一番いい部屋に置いたら、しゃれこうべの目が強烈に光り、継母と姉たちはその火で燃えてしまいました。
逃げようとしたけれど、目の光りがどこまでも追ってきたのです。朝になるころには、継母たちは灰になっていました。
しゃれこうべの火は、ワシリーサには何もしませんでした。ワシリーサが、しゃれこうべを、地面に植えたら、そこから真紅のバラが咲きました。
一人で家にいたくなかったワシリーサは、街に出て、ある老女と暮らし始めました。
糸をつむぐワシリーサ
ある日、ワシリーサは、「退屈だから、糸をつむぎたい、亜麻を買ってほしい」と老女に頼み、老女が持ってきた亜麻で糸をつむぎはじめました。
できあがった糸はとても細く、まるで黄金の髪のようです。
糸ができると、ワシリーサは、こんどはそれを使って、とても細いリネンを織りました。
リネンができあがると、ワシリーサはそれをさらして、雪よりも白くしました。
ワシリーサ:「おばあさん、これを売って、お金はおばあさんのものにしてください」
おばあさん:「とんでもない、売るなんて。こんな美しい布は、王子さまが着るのにふさわしい。これは王子さまに献上しますよ」。
王子さまとの出会い
おばあさんが王子さまにリネンを献上すると、王子さまはとても喜びました。
王子:「こんな美しい布を織るほど、おまえは賢いのだから、こんどは、これでシャツを作ってくれ」
おばあさん:「この布を作ったのは私ではありません。ワシリーサという少女です」。
王子さまは、おばあさんを介して、ワシリーサにシャツを注文しました。ワシリーサは、シャツを縫い、絹でまわりをパイピングし、小さな真珠をボタンにしました。
老女はできあがったシャツをお城に持っていきました。
ワシリーサが、窓辺で刺繍をしていると、王子の家来がやってきました。
「王子さまが、城であなたをお待ちです」。
ワシリーサが城に行くと、王子さまは、その美しさにびっくりします。
「私は、あなたをどこにも行かせない。私の妻になってください」。
王子さまはワシリーサの白い手をとり、隣に座らせました。結婚式が行われたすぐあと、ワシリーサの父親が帰ってきて、一緒に城に住むことになりました。
ワシリーサは、老女も、召使いとして城に住まわせました。ワシリーサのポケットには、いつも、母からもらった人形がありました。
王子とワシリーサは、とても幸せでした。
参考にした童話⇒Russian fairy tales – Beautiful Vassilisa
グリムのシンデレラに似ている
バーバ・ヤーガという魔女は、ロシアの民話にたまに出てくるキャラクターで、民話によって、よい者になったり、悪者になったりします。
今回あらすじを書くベースにしたワシリーサの話では、徹頭徹尾、悪者で、ワシリーサが逃げたあと、魔女は、怒りちらします。
しかし、べつのバージョンのワシリーサの話では、魔女は、命じたことをなんでも完璧にこなしすワシリーサにその理由を聞きます。
「母親に祝福されているから」とワシリーサが答えると、魔女は、「私は、祝福されている人間には用はないから、しゃれこうべの火を持って、出て行っておくれ」と言うのです。
そんなバーバ・ヤーガとの対決が入っていることをのぞけば、ワシリーサは、グリム童話のシンデレラに似ています。
自分を守ってくれるのは母親の形見の人形(母親の分身、母親の愛情)だし、ワシリーサに課せられる試練は、種の仕分け。それを、鳥が助けます。
ワシリーサをいじめた、まま母と姉たちは、悲惨な最後を迎えます。
しゃれこうべを土に埋めるのは、魚の骨を土に埋める、中国のシンデレラ、イェ・シェンにも似ています。
こうしたことから、いま、『シンデレラ』の話として、大勢の人が認知しているシャルル・ペロー版は、彼の創作部分が多いことがわかります。
ワシリーサの教訓
この童話は、森の中を人食い魔女の家まで行き、なんとか生き延びて帰ってくる話でもあります。
魔女との対決と勝利は、ほかのシンデレラにはありません。
ほかのシンデレラは、ひたすらいじめられ、灰だらけで家事にいそしむだけです。気立てはとてもよいですが。
ワシリーサは、人形(母親)と協力しあって、窮地を切り抜けるので、勇気があります。
仕事はすべて人形がやり、作戦も人形が立ててくれますが、実際に魔女の家に行くのは、ワシリーサです。
しかも、人形のことは人に言ってはいけないことになっています。
この人形、まるで『ゲゲゲの鬼太郎』の父親みたいです。
あるいは、とても有能なマネージャー。
ワシリーサは、そのマネージャーを心から信頼し、食べものを与えることを忘れず(自分は食べずに)、人形の言うことを忠実に実行します。
母親の遺言をしっかり守ったことが、ワシリーサを幸せに導いたと言えます。
★ワシリーサというと、この本の表紙になっている絵が有名です。
ほるぷ出版から、『うるわしのワシリーサ』という絵本がでていますが、6000円以上するので図書館で借りたほうがいいでしょう。
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