アンドリュー・ラングの『The Pink Fairy Book ももいろの童話集(1897)』から、デンマークの民話、『ひつぎの中のお姫さま』のあらすじを紹介します。
英語版のタイトルは、The Princess in the chest です。
簡単すぎる要約
呪われて死んでしまったおひめさまが、おっちょこちょいの鍛冶屋のおかげで行き帰り、結婚する話。
子どものできない夫婦
昔むかしあるところに、とても仲のいい王様と女王様が大きくて、美しいお城で幸せに暮らしていました。
何不自由のない生活をしていた2人ですが、1つだけ問題がありました。
子ども(お世継ぎ)がいないことです。
王様は機嫌が悪いと、子どもができないのは、妻のせいだと女王様を責めました。
あるとき、とうとう、王様は、こう言って旅に出ました。
「もう耐えられない。僕に子どもがいないのはおまえのせいだ。これから1年、旅に出る。
帰ってくるまでに子どもができていたら、もう怒らない。でも、子どもがいなかったら、もうおまえとは別れる」。
娘が生まれた
女王様は困り果てて、賢い老女に相談し、こんなアドバイスをもらいました。
「オークツリーの左側にある低木に、3つつぼみがついているから、朝太陽がのぼる前に、真ん中のつぼみを食べなさい。すると、6ヶ月後に子どもが生まれます。
子どもが生まれたら、すぐに私が送り込む乳母に渡しなさい。
そして、乳母と子どもを城の一角に住まわせなさい。でも、子どもが14歳になるまで、誰もその子に会ってはいけません。これを守らないと大きな災難がおきます」
女王様は言われたとおりにし、女の子が生まれます。すぐに子どもと乳母は、誰も知らない城の一角に住み始めました。
王様がもどり、娘の誕生を聞いて喜び、会いたがりましたが、女王様に事情を聞いて、娘が14歳になるまで待つことにしました。
がまんができない王様
娘が14歳になる前日、王様は、「もうこれ以上待てない。娘にひと目会いたい。数時間の違いなど、何でもなかろう」と言って会いに行こうとしました。
女王は、翌朝まで待つよう必死で止めましたが、王様はそれをふりきって娘のいる部屋へ向かいました。
ドアをばーんと開けると、夜にも美しい、白い肌に金髪、青い目に、赤い唇をした娘がいました。
しかし、娘のひたいの真ん中には茶色の髪が一房生えていました。
娘は父親の首筋にキスをしつつも、こう言いました。
「ああ、お父様、なんてことをなさったのです。明日、私は死なねばなりません。
お父様、次の3つから選んでください。
1.疫病
2.戦争
3.私をひつぎ(木箱)に入れ、教会に置き、1年間、夜間、ひつぎのそばに見張りを置くこと」
王様は恐れつつも、3番を選びました。
王様は国中の優秀な医者を呼びましたが、翌日、娘は死んでしまいました。
次々と消える番人
約束どおり、王様は、娘のなきがらを木箱に入れ、教会のチャペルに置き、番人を立たせました。
ところがこの番人が、いつも一晩でいなくなってしまうのです。
王様は毎晩、新しい番人を置きましたが、朝になると姿が消えており、その後、いっさいの行方がわからなくなります。
これが何度も何度も続くので、人々は、「姫の幽霊が番人を食べてしまうのだ」とうわさするようになりました。
そのうち、番人をする者がいなくなり、王様は番人になった者には謝礼を出すことにして、人を雇いましたが、それでも次々と消えてしまいます。
こうして1年がたちました。
若い陽気な鍛冶屋
ある日、陽気で若い鍛冶屋が仕事を探しに街にやってきました。クリスチャンという名です。
クリスチャンは、酒場で、ひつぎの番人の話を聞くと、酔っ払って気が大きくなっていたので、「自分は怖いものなど何もない、自分は番人に最適だ」と、そばにいた城の関係者に売り込みをしました。
こうしてクリスチャンは番人をすることになり、夜8時にひつぎの横に立ちました。
しかし、何時間かするうちに、酔いがさめて、番人は、皆、消えてしまうという話を思い出しました。
怖くなって逃げ出そうとしましたが、あらゆる窓も扉も鍵がかかっています。ようやく、鍵のかかっていない裏口を見つけ、そこから出ようとしたその時、小さな男がやってきました。
小人:「こんばんは。クリスチャン。どこへ行くんだい?」
クリ:「…どこへも行こうとしてないけど^^;」
小人「いや、逃げ出そうとしてたでしょう。でも、逃げちゃだめだ。約束やぶっちゃだめでしょう。
説教壇の上にあがっていれば、何の心配もない。何かを見たり聞いたりしてもじっとしているように。ひつぎの扉が閉まる音が聞こえたら、もう安全だ」。
クリスチャンが言われたとおりにすると、真夜中、姫のひつぎのふたがばーんと開きました。
姫の幽霊(最初の晩のできごと)
中から白い服を着た姫のようなおどろおどろしい人間が出てきて、「番人よ。どこにいる? 番人よ、どこにいる? 出てこないと、ひどい死に方をすることになるわよ~~~」と金切り声で叫びます。
姫は叫びながら、教会中を探し歩き、クリスチャンを見つけましたが、もうあと一歩のところで説教壇の上まであがることができません。
1時になると、姫はひつぎの中に戻り、またばたーんとふたを閉めました。
その後、教会は静まりかえり、クリスチャンは、横になって日が昇るまで眠りました。
外に人の気配がすると、彼は目をさまし、ひつぎの横に戻って立ちました。
2日目の晩のできごと
はじめて、一晩中、番をした人間が現れたので、王様は喜び、クリスチャンにお礼のお金を与え、夜、何かを見たか、とたずねましたが、クリスチャンはだまっていました。
次の夜も番をするよう、王様は頼みましたが、クリスチャンは断りました。
しかし、食事でもてなされ、今度はもっとお礼をはずむ(前払い)と言われたので、結局、また番をすることにしました。
この夜も、前の晩と同じことが起きました。クリスチャンが途中で逃げ出そうとしたら、小さい男がやってきて、アドバイスしたのです。
この晩は、祭壇にいるよう言われました。
真夜中、姫がひつぎから出てきて、番人を探しました。姫は祭壇にいるクリスチャンを見つけましたが、そこまで行くことができず、1時になるまで、叫び続けました。
そして、1時になると、姫は、ひつぎの中に戻り、ふたが閉まりました。
クリスチャンは次の晩も番人をすることを頼まれ、いったん断ったものの、食事とワインでもてなされ、やってもいいような気になりました。
でも、けっこう危険な仕事なので、王様に、「国の半分をくれるならやる」、と申し出ました。
王様は、このオファーをしぶしぶ受け入れました。
3日めの晩のできごと
この夜も、前の晩とその前の晩と同じように進みました。
クリスチャンが窓から逃げ出し、ボートに乗って川を行こうとしたら、例の小さな男がやってきて、クリスチャンをつかまえ、「約束したんだから、番をしなきゃだめだ」と言い、クリスチャンが出てきた窓から、また中に入れようとしました。
「ひつぎのふたが開く反対側(左側)に立ち、姫が出てきたら、気づかれないようにひつぎに入って横になりなさい。
姫に何を言われても、答えてはいけない。そのまま朝になれば、おまえも、姫も自由になれる」。
クリスチャンは言われたとおりにしました。
真夜中の式祭
真夜中になると姫は出てきて、「番人よ、どこにいる~」「お父様は番人をよこさなかった。戦争だ、疫病だ。番人よ、どこにいる?」と叫びながら、そこら中を歩き回り、番人を探しました。
時計が1時を打つと、クリスチャンは、やわらかい音楽が、次第に大きくなるのを聞きます。
大勢の人の足音も聞こえます。司祭の声や美しい歌声も。
国が疫病と戦争、災難から逃れられたこと、姫が、悪から逃れられたことを感謝する司祭の声が聞こえ、賛美歌が続きます。
そして、司祭はクリスチャンの名前をと姫の名前を呼びました。どうやら2人は結婚するようです。
教会は人でいっぱいの様子ですが、クリスチャンには何も見えません。
その後、人々が去っていく足音が聞こえます。音楽も次第に小さくなり、沈黙が訪れたそのとき、朝の光が窓からさして来ました。
ハッピーエンド
クリスチャンは、ひつぎから飛び出て、ひざまづき、神に感謝を捧げました。
教会には誰もいませんでしたが、祭壇の前に、白い服を着た姫が横になり、寒さで震えながら泣いていました。
クリスチャンは、自分のコートで姫のからだをくるみました。
姫は涙をふくと、生まれたときから自分にかかっていた魔術から自由にしてくれたと、クリスチャンにお礼を言いました。
14歳になる前に、父親が会いにこなければ、この呪いはとけるはずでした。
姫は、自分はクリスチャンのものだとも言いました。すでに死者の世界で結婚したのだから、と。
今は、姫はもとの世にも美しい姿にもどっていました。こうして2人は結婚することにし、永久の愛を誓いました。
ほかの番人はどうしたのかというと、ドアや窓から逃げたのでしょう。クリスチャンは、ちょっと飲みすぎたから、変なものを見たのかも、と思いました。
原文はこちら⇒The Princess in the Chest | The Pink Fairy Book | Andrew Lang | Lit2Go ETC
身勝手な王様の招いた災難
この童話、つっこみどころ(謎)がたくさんあります。
そもそも、なぜ、姫は魔法をかけられてしまったのか?
子どもができないことを王様が責め、女王が思い余って相談した賢い老女は、魔女だったのでしょうか?
まあ、普通の人間ではありません。だっていきなり、女王を妊娠させてしまったのですから。
しかも6ヶ月で生まれています。
自然に子供ができるのを待つべきところを、王様があせったから、自分の娘に呪いがかかったのでしょうか?
そうかもしれません。
そもそも、王様は、養子をとればよかったのです。
それに、昔の王族のように、本妻に子どもができないときのために、たくさん側室を置くことだってできたでしょう。
しかし、彼は、妻を責めて、1年以内に子どもを作れ(しかも自分が旅行に出ているあいだに)と言って、旅に出てしまいました。
おまけに、老女(魔女)の言いつけを無視して、王様は娘が14歳になる前日に、娘に会いに行きます。
あと1日ぐらい、なぜ待てないのか?
ここでも王様が災難を引き起こしています。
父親の身勝手が、娘にたたった、と言えましょう。
私が思う、この童話の第一の教訓は、身勝手やわがままを慎しみなさい、ほかの人間の立場を考えなさい、となります。
3つの世界を行き来する話
この童話のタイトルで検索をかけたら、まったく何も出てきませんでした。
つまり、日本では、ほぼ無名の童話だと思います。
話がはちゃめちゃなので、映画やドラマにもならないでしょう。
しかし、姫が死んだあと、幽霊になって、番人を探し回るという展開は、なかなかおもしろいです。
姫はいったんは死者の世界に行きますが、父親のせいで、死んでしまったことがくやしいし、父親がちゃんと約束を守っているのか知りたいから、毎晩ひつぎから出て、番人がいるかチェックしていたようです。
つまり、思い残すことがあったから、化けて出ていたのです。
そんなふうに、死者の世界に行ってしまった娘ですが、お調子者の鍛冶屋のせいで、無事にこちらの世界に戻ることができます。
このように、いまの世界から、べつの世界(最初よりひどい世界)に行き、またもとの世界(だけど、前よりはかなりハッピーな上の世界)に行くのは童話らしいと思います。
シンデレラも、最初はふつうの世界(幸せな貴族の娘)にいて、その後、下の世界(灰だらけの女中)にどーんと落ちて、最後に、前よりもっといい世界(王子の妻=おひめさま)に行きます。
シンデレラが、もっといい世界に行けたのは、フェアリゴッドマザー(魔法使い)が手助けしたからですが、この童話では、お調子者の鍛冶屋が手助けをします。
まあ、小人がアドバイスしたので、実際は、小人が助けたと言えます。
こうした構成はとても童話らしいので、はちゃめちゃではあるけれど、童話度は高いと言えましょう。
アンドリュー・ラングについてはこちらで紹介⇒パドキー(Puddocky、ドイツの民話)のあらすじ。
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