ノルウエーの民話から、英語のタイトルが、The lassie and her godmother、 オリジナルのタイトルが、Jomfru Maria som gudmor という話を紹介します。
英語のタイトルを直訳すると、「若い娘とその名付け親」。原題をDeepLで翻訳させたら「ゴッドマザーとしての聖母マリア」と出ました。
話の内容を考慮して、厳密に訳すと、「娘と、その娘が洗礼のとき立ち会って、その後育てた母」です。
1行の要約
養母(これが聖母マリア)の言いつけを3度とも守らなかった娘が、養母から手ひどく罰せられ、その後、許される話。
貧しい夫婦
昔むかし、森の奥に貧しい夫婦が住んでおり、妻が女の子を産みました。しかし、子供に洗礼を受けさせるお金がなかったので、娘が洗礼を受けるとき立ち会ってくれ、かつ洗礼の代金を払ってくれる人はいないか、父親が1軒ずつ戸口を回って探しました。
立ち会ってもいいという人はたくさんいましたが、お金を払ってくれる人は見つかりません。それでも、父親は、あきらめずに探し続けたら、とても美しくて慈愛に満ちた表情の、きれいなドレスを着た女性に出会います。この人は、お金を払って洗礼を受けさせてあげる、もちろん、私がゴッドマザーの役目をする、だけど、洗礼が終わったあと、娘を私にください、と言うのです。
娘の父親が、家に帰って妻に相談したところ、妻はもちろん、「とんでもない!」と答えました。
里子に出される娘
しかし、どんなに探しても、娘の洗礼代を払ってくれる人が見つかりません。とてもやさしげな女性が再度同じオファーをしたので、結局、この夫婦は娘をこの女性に託すことにしました。
洗礼を受けた赤ん坊は、女性が家に連れ帰りました。その後、女性は、娘を大切に育てました。
養母が旅に出ているあいだに
娘が成長し、善悪の区別がつくようになったとき、養母は旅に出ることにしました。
「私がいない間、家中、どこに行ってもいいけれど、あの部屋だけは入ってはいけないよ」。養母は、ある部屋のドアを指さして、こう娘に言い、出かけました。
娘は、その部屋の中が見たくなり、ちょっとだけ、ドアを開けたら、ひゅん! と星が逃げていきました。
旅から戻った養母は、星がいなくなったことを知ると、激怒し、娘に家を出ていくよう言いました。
娘は泣いて許しをこい、なんとか家にいさせてもらえることになります。
また、養母が旅に出ているあいだに
しばらくして、また養母が旅に出ることになり、今度も、ある部屋のドアを指差し、あそこだけは入ってはいけない、と娘に言いつけて出かけました。
娘は約束を守ると言ったものの、結局、母が出かけて一人になると、好奇心がわいて、入ってはいけないドアをちょっとだけ開けます。すると、ひゅん! 今度は月が逃げていきました。
帰ってきた養母はとても怒って、娘に出ていくように言いましたが、このときも、娘は必死であやまって何とか家に居続けることができました。
娘、家を追い出される
ほどなくして、養母はまた旅に出ることになり、今度は別の部屋のドアを指差して、あそこは絶対入っちゃだめですよ、約束できますね? と念を押して出かけていきました。
娘は、これまであったことを思い出し、その部屋に行かないつもりでしたが、結局、また、ちょっと見るだけならいいかも、と部屋の扉を開けたら、ひゅん! 太陽が逃げていきました。
旅から戻った母はものすごく怒り、今度こそ家を出て行くよう、娘に言いました。娘は泣いてあやまりましたが、今回は許してもらえませんでした。
「家を出ていくしかないわ。それと、あなたに罰を与えます。世界で一番きれいだけど、話ができない女性になるか、話はできるけれど、世界でもっとも醜い女性になるか、どっちがいい?」
「きれいになりたいです」。こう娘が言うと、娘はいきなり美女になりましたが、口がきけなくなりました。
泉での出会い
養母の家を出た娘は、森の奥深くにどんどん歩いて行き、夜になると高い木の上にのぼりました。ここで寝るつもりなのです。この木は、泉におおいかぶさるように生えていました。
朝になると、近所にあるお城から召使いがやってきました。王子に出すお茶を淹れるために、泉の水をくみにきたのです。
召使いが水をすくおうとしたら、水にものすごい美女の顔が映っています。これは、木にのぼった娘の顔なのですが、召使いは自分の顔だと勘違いします。娘は、水差しを放り投げて、走ってお城に帰りました。自分がこんなにきれいなら、水くみなんかにはもったいない、と思ったのです。
次に代わりの召使いが水をくみに来ましたが、同じことが起こりました。いつまでもお茶が飲めない王子は、自分で泉にやってきて、事の次第を知ろうとします。
王子も泉に映る美しい顔を見ましたが、召使いのようにバカではないらしく、すぐに上を見上げ、木の上にいる若い娘を発見します。
この娘があまりに美しいので、王子は城に連れ帰り、后にすることにしました。
養母、赤ん坊を誘拐する
しかし、王子の母が反対しました。娘は口がきけないし、魔女なんじゃないか、と言って。しかし、王子は反対を押し切って娘と結婚します。
しばらくすると、2人の間に赤ん坊が生まれました。王子は、妻と赤ん坊に見張りをつけていたのですが、なぜか、見張りは眠ってしまいます。そのすきに、娘の養母がやってきて、赤ん坊の小指を切り、その血を今は女王となった娘の口になすりつけました。
「おまえが星が逃した時の私の悲しみをお前も知るがいい」。養母はこう言って、赤ん坊を連れ去りました。
見張りたちがめざめたとき、后が赤ん坊を食べたと思い、王子の母は后を火炙りの刑に処するつもりでしたが、王子が強力に反対したので、后は罪を逃れました。
養母、また赤ん坊を誘拐する
后が二人目を出産するとき、王子は見張りの数を増やしましたが同じことが起きました。
「おまえが月を逃したときの私の悲しみを思い知るがいい」。
このとき后は泣いてあやまりましたが、養母は許しませんでした。后は口がきけないのですが、養母がいるときは、声を出せるのです。
このときも、后は火炙りの刑を受けるところでしたが、やはり王子が反対して、事なきを得ました。
罪は許された
后が3度目に出産したとき、同じことが起きました。このときは、王子はもう妻を助けることができません。后は火炙りになるしかありません。
后が、火炙りにされそうなギリギリのときに、養母が3人の子供を連れてやってきました。2人の子供の手をつなぎ、3人めは胸に抱いて(pen注釈:手の数が足りないと思うけど、そう書いてあります)。
そして、后にこう言ったのです。
「ほら、あなたの子供を返しますよ。私は聖母マリアです。あなたが、太陽、月、星を逃してしまったとき、どんなに私が悲しかったことか。でも、あなたも同じ悲しみを体験しましたね。
あなたは、自分のしたことの罰を受けました。だから、もう口がきけますよ」。
王子と后は大喜び。この後、2人は幸せに暮らしました。義理の娘を嫌っていた王子の母も、娘のことをとても可愛がったのです。
☆原文(英語)はこちら⇒The Lassie and her godmother – Norwegian folktale
親の言いつけは守ろう
この話に教訓があるとしたら、親の言いつけは守りましょう、となるでしょう。
部屋の中に入ってはいけない、と言われたらそうすべきなのです。しかし、娘は、その言いつけを1度ならず、3度も破ってしまいました。
学習能力がなさすぎます。
しかし、その一方で、そんなに大事なものなら、養母はもっと厳重にしまっておけばよかったのに、とも思います。
養母は、自宅に、太陽、月、星を監禁していたのでしょうか?
それなら、この話の世界では、昼間も夜も真っ暗闇なのか?
しかし、鍵はかけていなかったので、太陽や月は自由に出入りできたのか?
娘の養母は聖母マリアですが、彼女の与える刑罰が残酷です。それは、ほとんど復讐です。
娘が子供を産むたびに、指を切り落とし、その血を娘の口になすりつけ、子供を持っていってしまう。つまり、娘に殺人の罪をきせたのです。王子がいなかったら、娘はとっくに火炙りで死んでいます。
本物の聖母マリアがそんなことをするのでしょうか?
いくら最後に子供を返したといっても、この話に登場する聖母マリアの性格に疑念が残ります。
中世の時代は、子供にはあまり人権がなくて、親の言うことは絶対服従するのが美徳だったのかもしれません。
のぞいちゃいけない部屋を見てトラブルに巻き込まれる別の童話はこちら。
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