グリム童話から、手のない娘、というタイトルの童話を紹介します。原題は、Das Mädchen ohne Hände、英語のタイトルは、The Girl without Hands、または、The Handless Maiden、ほかにもいくつかタイトルのバリエーションがあります。
父親に手を切られてしまう娘が出てくるので、「怖い話」と捉えられ、あまり有名ではありませんが、全体としてみると、美しい話だと思います。
手のないむすめ、要約
悪魔と取引した父親のせいで、両手を失った信仰心の強い娘が、紆余曲折の末、王さまと結ばれ幸せになる話。
悪魔と取引する粉屋
あるところに貧しい粉屋がいて、財産は粉引き小屋とその後ろにあるりんごの木だけでした。ある日、粉屋は森で、年老いた男に会います。
「粉引き小屋のうしろにあるものを俺にくれたら、おまえを金持ちにしてやろう」。
粉屋は、男がりんごの木をほしがっていると思ったので、「いいですよ」と答えました。男は3年後に取りに来ると言って去りました。
男は悪魔だった
粉屋が家にもどると、何もしていないのに、家の中の棚や箱に物(財産)が詰まっています。
驚いている妻に粉屋が事情を話すと、妻は、「なんてこと、おまえさん、その男は悪魔だよ。悪魔のほしいのはりんごの木じゃない。庭をほうきで掃いていた娘がほしいんだよ」と言いました。
粉屋の娘は美しく、とても信仰心があり、その後、3年間、何の罪もおかさず、神に祈って暮らしました。
娘が清らか過ぎて、悪魔は手を出せない
悪魔が娘を取りに来たとき、娘は身体を洗い清め、自分のまわりにチョークで円を描いたので、悪魔は娘に近づくことができません。
怒った悪魔は、粉屋に、娘を水から遠ざけて身体を洗わせるな、と命令。悪魔が怖い粉屋はそのとおりにしました。
ところが、娘はたくさん泣き、涙を手で受けて、またも清らかだったので、2度めも、悪魔には手が出せません。
悪魔は、粉屋に娘の手を切リ落とすように言いました。「そうしなかったら、娘の代わりにお前をいただくぞ」。恐れた粉屋はそうすると約束しました。
娘の両手を切る父親
「娘よ。おまえの手を切り落とさなかったら、悪魔は私を取るというんだ。悪魔が怖くて私はそうすると言ってしまった。助けると思って手を切らせてくれ。どうか私を許してくれ」。
「おとうさま。どうぞ切ってください。私はあなたの娘ですから」。こう言って、娘は両手を差し出し、父親に手を切らせました。
3度目に悪魔がやってきたとき、娘はずっと泣いていたので、手の切り口が涙でぬれ、清らかだったため、悪魔は娘を取ることをあきらめました。
家を出ていく娘
「おまえのおかげで、財産ができた。おまえの面倒は一生みるよ」。こう父親が娘に言うと、娘は、「ここにはいられません。出ていきます。慈悲深い人たちが、必要なものは分け与えてくれるでしょう」と言って、両腕を背中の後ろでしばって、家を出ていきました。
娘は1日中歩いて、王さまの庭のそばまで来ました。 月明かりで 、庭にきれいな果物がなっているのが見えます。しかし、庭は運河に囲まれているので、入っていくことができません。
「ああ、庭に行って、果物を食べられたらどんなにいいか。さもないと、私は餓えて死んでしまう」。娘は、ひざまずき、泣きながら祈りました。すると、天使が現れ、運河をせきとめてくれたので、娘は庭に行くことができました。
お城の庭で梨を食べる娘
娘は庭で、きれいな梨を(手を使わずに)口を使って食べました。その姿を、庭師が見ていましたが、娘のとなりに天使が立っていたので、庭師は娘を精霊だと思い、何も言わず、人も呼びませんでした。
翌日、梨の数が1つ足りないので(この城では、梨の数を数えていた)、王さまがその理由を聞くと、庭師は、ゆうべ、天使に付き添われた手のない精霊が食べたと言います。
王さまは、それが本当かどうか確かめるために、その晩、庭師と司祭と一緒に庭を見張っていました。
王さまに見初められる娘
真夜中になると、娘がやってきて口で梨を食べます。隣には天使が立っています。
司祭:「あなたは、神のもとから来たのですか? それとも、この世界の人ですか?」
娘:「私は精霊ではありません。神さま以外の人から見捨てられた貧しい人間です」。
王さま:「たとえ、世界中があなたを見捨てようと、私は決して見捨てません」。
娘があまりに美しく純粋だったので、王さまは娘を心から愛し、娘に銀の手を作ってやり、妻にしました。
戦争に行く王さま
1年後、王さまは自分の母親に、妻と生まれてくる子供のことをたくして、戦場にでかけました。ほどなくして妻が男の子を生んだので、母は、手紙で王さまに知らせました。
使いの者が疲れて、お使いの途中で寝てしまったとき、例の悪魔がやってきて、「妻はチェンジリング(妖精が取り替えた醜い子)を生んだ」という手紙とすり替えました。
この手紙を見て、王さまは驚き、悲しみましたが、母親に「戻るまで妻と息子の世話をよろしく頼みます」と返事を書きました。
手紙をすり替える悪魔
ところが、悪魔がこの手紙も、「妻と子供を殺してください」というい手紙とすり替えました。
母はびっくりして、確認の手紙を出しましたが、このときも、悪魔が手紙がすり替え、「殺してください。殺した証拠に妻の目と舌を取っておくように」という手紙が届きました。
母はとてもそんなことはできないと思い、雌シカを殺して、舌と目をとりのけ、「殺せと言われたけど、私にはできない。でも、あなたたちは、ここにはもういられないわ。子供を連れて、出ていってちょうだい」と女王に言いました。
両手がはえてくる女王
王の母は、女王の背中に子供をくくりつけました。女王は泣きながら、大きな森まで来ると、ひざまずいて神に祈りました。すると、天使が現れ、「誰でもここに自由に住めます」と看板のある小さな家まで案内しました。
家の中から、白い服をきた若い娘が出てきて「ようこそお越しくださいました、女王さま」と言います。この娘は天使で、女王と子供の世話をするよう神さまから送られたのです。
女王はこの家に7年、信仰心をもちながら住んだので、神さまのご慈悲があり、切った両手がまたはえてきました。
戦場から戻る王さま
ようやく戦場から戻った王さまは、母親に事情を聞き、妻と子供を探しに出ました。その後、王さまは7年間、国中を探し歩きました。
この間、王さまは飲まず食わずでしたが、神が彼を生かしていました。ようやく、王さまは大きな森にある、 「誰でもここに自由に住めます」 という看板のある家まで来ました。
白い服を着た若い娘(天使)が、「ようこそお越しくださいました、王さま」と挨拶をします。王さまはひとまず、ベッドで眠りました。
ハッピーエンド
天使に、夫がやってきたことを聞かされた女王は王さまのところに行きます。
女王:「私はあなたの妻です。こちらは息子です」。
王さま:「私の妻は銀の手をしているはずだ」。
女王:「神さまが、元の手を戻してくださったのです」。
このとき、天使が別の部屋に置いてあった銀の手を持ってきて、王さまに見せたので、王さまはその女性が妻だとわかりました。
3人は城に戻り、王さまと妻はもう1度、盛大な結婚式をあげました。その後、この家族は死ぬまで幸せに暮らしました。
原文(英語)はこちら⇒ Grimm 031: The Girl without Hands
よい行いはむくわれる
この話も、先日紹介した、『星の銀貨』と同じで、信仰心をもち、善良でいたら、むくわれます、神が祝福してくださいます、という内容です。
子供(娘)は親の言うことは聞くべきだ、というメッセージも入っています。
タイトルからして、あまりポリティカリー・コレクトではないし、やたらと神さまと天使が出てくるので、現代の子供たちが読むにはそぐわない話かもしれません。
私がおもしろいと思うのは、何度も悪魔が娘(とその魂)を奪うために、策略をめぐらすのに、ことごとく失敗するところです。
娘は徹頭徹尾、純粋で清らかなのです。しかも、この話、3年+1年+7年+7年と、18年にもわたっています。手をなくした娘は15年近く、過酷な状況の中で、信仰心を失わなかったので、相当、強い心の持ち主です。
この粘り強さは見習いたいと思います。
似た話はいろいろある
『手なし娘』は、1812年に出たグリム童話の初版にもっと短いのがおさめられ、その後書き換えられました。今回紹介したのは最終バージョンです。
この話と似た話がほかにもいろいろあるそうです。
手を切るなんて残酷ですが、これは、当時の女性が、男性にくらべて、あまり人間扱いされなかったことのあらわれでしょうね。
グリム童話の『シンデレラ』でも、姉2人が靴に合わせるために、母親につま先やかかとを切られていますし。当時の子供たちはこの話をきいて怖かったことでしょう。
なお、チェンジリングの説明はこちらに詳しく書いています。
この話を長編アニメーションにした作品のレビューです。
コメント
この話、日本の民話で親しみました。「手なし娘」というタイトルも同じで話の筋もほぼ同じ。確か手を切り落とすのも手紙をすり替えるのも継母で、手が勝手に生えてくる以外はかなり現実的などうしようもない継子いじめの話で生々しかった。悪魔や天使が出てくるだけでちょっと救われる感がありますね。
それにしても世界には似た話が多いですね。
日本昔ばなしでも、手がはえてくるバージョンありますね。手なし娘が、子供をおぶっていて滝壺の水を飲もうとかがんだら、子供が滝に落ちそうになったので、とっさに受け止めようしたら手がはえるんです。
ただ、日本の民話には、悪魔や天使は出てこないですね。キリスト教じゃないから。この話の手なし娘は、ずっと天使が守護神のようについていて、うらやましいです。
王さまが銀の手を作ってあげたところもやさしくていいですね。