魔法の羽ペン(1850頃、ドイツの民話)

インクと羽ペン 美女と野獣

ドイツのバイエルン地方の歴史学者、Franz Xaver von Schonwerth(フランツ・サーヴァー・フォン・ションヴェルト?)が、1850年代に出した民話集から、The Enchanted Quill(魔法をかけらえた羽ペン)という話を紹介します。

私が読んだのは英語に翻訳したもので、ドイツ語の原題はわかりません。

『美女と野獣』のバリエーションだと思うので、このカテゴリーに入れました。

簡単すぎるあらすじ

ある娘が、カラスに変えられた王子さまと結婚する話(もちろんカラスは王子さまに戻る)。

起こされる男

ある男が馬に乗りながらぐっすり眠っていました。そこへカラスが飛んできて、馬をつついたので、馬は後ろ足でたち、その拍子に男は起きます。

男「なんだって、馬をつつくんだ?」

カラス「おかげで、ようやく起きられたではないか。おまえは、もう3年も眠っていたんだぞ」

伸び放題の自分のひげを見て、男は、カラスが本当のことを言っていると気づきました。

男「ありがとう。どうやってお礼をしたらいいだろうか」

カラス「おまえの3人の妹のうち1人を、私の妻にむかえたい。この写真を持っていって妹たちに見せてくれ」

自分の小さな写真を男に渡すと、カラスは空へ飛んでいきました。

カラスにときめく末娘

男が家に戻り、妹たちにカラスの話をすると、一番上の妹は、鼻にしわをよせ、2番めの妹は、「冗談じゃないわ!」と金切り声をあげました。

しかし、末の妹は、ぽっとほほを赤くそめ、写真を持って自室に入っていきました。

翌日、立派な馬車が、男の家にやってきました。妹たちは、どんな王子様が出てくるのだろう、と期待しましたが、馬車から出てきたのは黒いカラスです。

上の2人は、カラスを見ると、家の奥に入ってしまいましたが、末娘は、カラスを家に迎え入れました。

カラスは、3人の娘全員を、自分の城に招待しました。

すべてが消えてしまう

カラスの馬車が暗い陰気な道を行くので、娘たちは、行き先は地獄だと確信します。しかし、そのうち明るくなり、レモンの木がなる森に入り、しばらくすると、美しい城に到着しました。

カラスは上の2人に、「いいかい、好奇心を起こしすぎてはいけないよ」と言って、末の娘だけをとある部屋に連れていきました。

姉たちが、こっそりその部屋のドアの前に行き、鍵穴からのぞくと、ハンサムな若い男性が、末の妹と、楽しそうに会話をしていました。

しかし、その瞬間、すべてが変わりました。

城も馬車も消え、3人の娘は、モミの木の下に立っていたのです。

木の上のほうからカラスが言いました。「こうなっては、末娘しか私を助けることはできない。おまえは、ボロを着て、街に行き、与えられた仕事をより好みせずにしなさい」。

召使いになる末娘

末娘が言われたとおりに、ボロを着て、街に行くと、ある仕立て屋に、「お城に住む王子さまのために、料理や掃除をする仕事ができるか?」と言われます。

「はい、できます」と娘は、いささか自信なげに答え、お城での職を得ました。

娘が料理も掃除もろくにできないことは、すぐにばれました。

何を作っても毎回焦がすし、銀食器は、みるみる真っ黒になりましたから。

庭師、猟師、その他の召使いは、娘をあざ笑い、悪口を言いました。

不思議な力をもつ羽ペン

娘が泣いていると、突然、例のカラスが窓辺にやってきました。「私の羽を1本抜きなさい。その羽で、願いごとを書けば、その願いごとが叶うから」。

娘はカラスの羽を抜き、お昼ごはんの前に、その羽でいくつか、おいしいごちそうの名前を書きました。

すると、ごちそうがテーブルの上に出てきました。

城の王子とプリンセスは大喜びで、娘に美しい衣装を与えました。この娘は、もともと美人だったので、きれいな服を着たら、ますますきれいになりました。

3人の求婚者

管理人が、娘に恋心をいだき、部屋に来て、娘に飛びつこうとしたとき、娘は、「扉を閉めて!」と言いました。

管理人がドアのところへ行こうと振り向いたとき、娘は羽ペンで、「一晩中、彼にドアの開け閉めをさせて」と書いたところ、そのとおりになり、翌朝、管理人は、屈辱いっぱいで部屋から出ていきました。

次の夜は猟師が、娘が寝ているとき、部屋にやってきましたが、猟師がブーツを脱ごうとかがんだそのすきに、娘は、羽ペンで、「一晩中、彼にブーツを脱いだりはいたりさせて」と書いたので、そのとおりになります。

その次の晩は、召使いの1人が娘の部屋にやってきました。

彼は、娘を口説いているとき、突然、鳩小屋の戸を閉めるのを忘れていたことを思い出し、「ちょっと閉めに行ってもいいか」と娘に聞いたところ、娘は笑いながらうなずき、もちろん羽ペンで、「一晩中、彼に鳩小屋のドアの開け閉めをさせて」と書いたので、そのとおりになりました。

3人の求婚者は、娘に復讐しようと、鞭(むち)を3本作りましたが、娘はそれに気づき、例の羽ペンで、「彼らにお互いにあの鞭で打ち合いをさせて」と書いたので、怒涛の打ち合いが始まりました。

助けようとした王子とプリンセスは、誰よりも、ばちばち鞭を打たれました。

カラスが迎えにくる

時が来ました。王子さまになったカラスがやってきて、美しい娘を馬に乗せ、すばらしい城まで連れて行きました。

素直な心と機転

娘が最後に元カラスの王子様と結ばれたのは、最初に、彼の見た目がカラスでも、差別しなかったのと(差別というのも変だけど)、カラスになってしまった王子様を助けるために、言われたとおりに、素直にボロを着て、召使いの仕事についたからでしょう。

クピドとプシュケの、プシュケの試練に比べると、わりに軽い試練ですが、それでも、全くできない料理をして、皆にあざ笑われるのはつらいものです。

そして、カラスが助けに来るわけですが、もらった羽ペンを上手に使ったのもよかったと思います。

娘は、羽ペンで、お金や宝石を出したりせず、自分の仕事のパフォーマンスがあがるように使い(まあ、まったくのズルですが)、求婚者を追い払うために使いました。

娘はカラスの妻になるつもりなので、ほかの男にはなびかないのです。

こうした素直さや、愛を全うする心が、カラスにかけられた魔法をとき、娘は王子さまと結ばれます。

しかし、この話、もしかしたら、すべてはカラス(王子様)の計画だった、とも考えられます。

カラスが男を3年眠らせ、男の妹の1人を妻にし、試練を与えて、自分への愛を確かめたのかもしれません。

いずれにしても、羽ペンで書いたことが実現するのは、何とも楽しいですね。

ドラエもんに出てきそうなツールです。

150年ぶりに見つかった民話集

この話は、The Turnip Princess and Other Newly Discovered Fairy Tales という本に入っています。

バイエルンの法律家で、のちに童話の収集に打ち込んでいた、、Franz Xaver von Schönwerth は、グリム兄弟と同じころ、数10年かけて、ドイツで500の民話を集めましたが、長らくこの民話集は世に出ていませんでした。

グリム兄弟は、Von Schönwerth の仕事ぶりを認めており、「こんなに正しくドイツの民話を集められる者は彼しかいない」と言ったそうです。

彼の民話集は、1850年代に1度出版されましたが、あまり話題にならず、そのまま忘れさられました。

21世紀になって、バイエルンの Erika Eichenseer(詩人でキュレーター)が、Von Schönwerth の著作物を調べているとき、ヨーロッパのほかの童話集にはのっていない話を500も見つけました。

2015年、そのうちのいくつかが始めて英訳された本が、The Turnip Princess and Other Newly Discovered Fairy Tales です。

グリム童話より、オリジナルのソース(語り継がれた話)に近く、本物度が高い、と言われています。

苦労して集めた本が、150年後、英語圏の読者にも読まれるようになって、Von Schönwerth は草葉の陰で喜んでいることでしょう。

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