Cinderella: The Enchanted Beginning (2018)の感想。

白い靴 シンデレラ

実写のシンデレラの映画を見ましたので感想を書きます。タイトルは Cinderella: The Enchanted Beginning (シンデレラ:魔法にかけられたような始まり)。これまで見た実写版の中で、最悪のできでした。この記録が破られることはたぶんないでしょう。

シンデレラ:魔法にかけられたような始まり、の予告編

Cinderella "The Enchanted Beginning"

予告編は短いため、さしておもしろそうには思えないものの、そこまでひどくもないんじゃないの? と多少は希望が持てるできです。王子は完全にミスキャストですが。映画の長さは70分です。

低予算すぎる映画

この作品は劇場やテレビで公開するために作られたものではなく、ビデオのみでの公開を前提として作ったオリジナルビデオ(ビデオ映画)のようです。

そういう作品はたいてい低予算ですが、ここまで低予算の映画は始めて見ました。映画の冒頭に街の遠景(監督のスタジオがあるマイアミだと思う)があるほかは、ずっと、ある家(コンドミニアムみたいな感じ)と、その庭だけで撮影しています。

自主制作の映画は、同じ場所で撮影したりしますが、この映画の話は一応、シンデレラであり、アングラとかサブカルチャーな雰囲気はないため、低予算なのが痛々しいまでに感じられます。

予算がないときは、王道のシンデレラはやらないほうがいいと思います。

アマゾン・カナダで見ましたが、ジャンルは、「ファンタジー、キッズ」で対象年齢は7歳以上の、ファミリー対象の映画です。

すべての場面が貧相ですが、特にひどいのは舞踏会(ball と映画に出ている人は言っている)にあたる、株主を招いておこなう仮面舞踏会ふうパーティ。継母が、「これは会社の運命を決める大事な大事なパーティなのよ」ときーきー言うわりにはたいしたことのないパーティです。

部屋には、風船がいくつかあって、ボリュームのない花が飾られ、セリフのある人たちのほかは、エキストラが4人(2人ずつになって話し込んでいて踊っていない)だけ。

子供の誕生日パーティのほうがもっとにぎにぎしいです。しかも、まともに踊っている人なんて皆無です、踊りのシーンなのに、腰から上の映像ばかり。皆、踊りを踊れないのがばればれです。

ご都合主義すぎるシナリオ

シナリオも崩壊しています。辻褄が合いすぎません。シンデレラ(なんと、名前はシンデレラ・ペロー)は1年前に父親が亡くなってから、継母とまま姉に女中代わりに使われています。

しかし、彼女には、ロンドンに住むやさしいおばさん(フェアリーゴッドマザー的存在の人)がいるのです。なぜ、おばさんのところに行かないのか?

学校に行っている様子もありません。「いま住んでいる家は父親が残した家だから、守っていきたい」みたいなことを彼女は言うのですが、この家は父親の所有物ではなく、父親の会社の株主の所有となっているらしいのです。

また、王子にあたる男性(名前はアダム・ウィンザー)は、継母が、会社の権利を売り渡そうとしている会社の御曹司です。継母は、2人いる自分の娘(シンデレラのまま姉)のどちらかをアダムと結婚させたいと思っていますが、なぜ、そんなことをする必要があるのでしょうか?

会社を取り戻したいなら、最初から売らなきゃいいわけだし。このあたり、謎すぎます。

ほかにもありえない展開がたくさんあります。たとえば、おばさんはロンドンに住んでいて、パーティの前の晩、シンデレラと電話で話していたときは、「仕事が詰まっていてパーティには行けないわ」と言っているのに、翌日の昼過ぎ、家にやってくるのです。

「は?」

ロンドンからマイアミまで、飛行機で、最短で9時間30分ぐらいはかかります。シンデレラを驚かせるために、おばさんが嘘をついたのだとしても、時差ボケも何もなく、大きな荷物も持たず、翌日の昼過ぎ、ふつうに玄関先に現れることができるのでしょうか?

ほかにも、「こんなシナリオでよくお金を出す人がいたな」と思うところが多々あるため、もしかしたら、自主制作なのかもしれません。

シンデレラ度

シンデレラの4つの構成要素を検証してみます。参考⇒ アッシュペット:あるアメリカのシンデレラ (1990)の感想。

家族にしいたげられている少女

シンデレラ・ペローは継母とまま姉に女中として使われています。

助けてくれる存在

ロンドンに住むおばさん。シンデレラはパーティ当日、継母に、姉たちの部屋に閉じ込められるのですが、おばさんがやってきて、ドアの外から、シンデレラにこんな指示をします。

「レキシー(まま姉の1人)のクローゼットの、はじっこの下の引き出し(けっこう大きい)を引っ張りだして!」

大きくてからっぽの引き出しを取り出すと、なんとその向こうが、穴蔵のような薄暗い物置に通じているのです。ありえないでしょ? 中世のお城じゃないんだから。

その物置に、シンデレラの母親のドレスや、靴があります。おばさんも、物置にやってくるのですが、「私は庭から入ってきたの」とわけのわからないことを言います。この家の構造はどうなっているのか?

ダンスパーティ

株主らしい人はいっさい出てこない、しょぼいホームパーティレベルのパーティについては、前述したとおりです。

靴で本人を確認

シナリオが崩壊しているため、この要素はありません。一応、シンデレラは靴を落とし(芝生で踊っていて、そこから立ち去るだけなのに、なぜ靴が脱げるのか? ふつうにしていたら絶対脱げません)、ウインザー家の御曹司が拾って、翌日その持ち主を探しにきます。

姉たちが、ガーデンチェアに座って、靴をはいてみるシーンはありますが(ここも、よくわからないシーン)、おばさんが、「その靴はシンデレラの靴よ」と言うだけです。

このときシンデレラは、また、継母に部屋に閉じ込められています(物置から出られるはずじゃなかったのか?) 御曹司(とおばさん)は、その部屋のドアの前に行き、ノックをします。彼が、ドアにちょっと体当たりしたら、いとも簡単にドアがあきます(^^;)

灰まるけから、美しいおひめさまへの変身もあまり感じられません。そういえば、物置で、「ドレスに着替えて」とおばさんに言われ、むこうのほうで着替えて戻ってきたシンデレラはばっちり化粧していました。どこに化粧品があったのか?

ここまでシンデレラをつまらなくできるものなのか?

シンデレラはいろいろなアダプテーションがあることからもわかるように、人を引きつけるストーリーラインです。まあまあ原作の流れにそって映像化すれば、大傑作とはならないまでも、無難な作品にはなると思います。

大きくこけることがないから、何度も映像化されているのです。

確かに、シンデレラの物語は、陳腐といえば陳腐です。ありふれた話になってしまい、芸術的な映画を好きな人には物足りないかもしれません。「そんなことあるわけないじゃん」としらける人もいるでしょう。

でも、これはファンタジーで、夢を描いてるのですからそれでいいのです。しかし、この映画には夢も希望も、何もありません。

子どもたちにいったい何を伝えたかったのか?

あまりにもひどい映画なので、日本には入ってくるはずありませんが、全くおすすめできない作品です。アメリカのアマゾンのレビューでも、★1つがぞろぞろとあり、「お金と時間を返せ」と書いている人がたくさんいます。1つでも★がついているのは、「★はゼロ」という選択肢がないからです。

どうやら、アメリカのアマゾンでは、3ドルぐらいお金をだしてレンタルする映画に入っているようです。カナダのアマゾンでは見放題の作品でした。

スタッフや役者さんは、それなりに現場でがんばったとは思うので、あまりぼろくそに言いたくはありませんが、市場に出すレベルに達していない作品です。

シンデレラの実写を見るならば、以下の3本がおすすめです。

王子さまが年をとりすぎていて、多少、時代がかっているけれど、この作品もよいです。

現代を舞台にしたシンデレラが見たいのならば、まだレビューを書いていませんが、ヒラリー・ダフの「シンデレラ・ストーリー」あたりでしょうか。まあ何を見てもこの作品よりはましです。

2019/09/15追記:シンデレラ・ストーリーのレビューも書きました。

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