ゴダール監督の長編映画3作目、Une femme est une femme (邦題:女は女である)を見ました。ヌーベルヴァーグらしい映画です。
女は女である 予告編(1分53秒)
ナレーションは、ゴダール監督自身、作品名を叫んでいるのは、主演女優のアンナ・カリーナです(この映画の製作中2人は結婚。数年後に離婚)。
作品情報
- 脚本、監督:ジャン=リュック・ゴダール
- 撮影:ラウール・クタール
- 音楽:ミシェル・ルグラン
- 主演:アンナ・カリーナ(アンジェラ)、ジャン=クロード・ブリアリ(エミール)、ジャン=ポール・ベルモンド(アルフレッド)
- 公開:1961年9月6日
- 屋外シーンのロケ地は、パリのFaubourg Saint-Denis あたり。
- ゴダール監督のはじめてのカラー。横長い画面(シネマスコープ)
- ミュージカル・コメディとアマゾンの説明にはありますが、ミュージカルではないと思います。歌を歌うシーンはありますが。ミュージカルと似ているのは、作り物っぽいところでしょうか。
- ゴダール流ロマンス・コメディ?
あらすじ
デンマークのコペンハーゲン出身のアンジェラはパリのストリップショーを見せる店で働いている。
アンジェラは本屋に勤務しているエミールという男性と同棲し、夫婦同然。あるとき、突然子供が欲しくなったアンジェラは、妊娠しやすいタイミングを教えてくれるツール(これが何なのか私には今いちよくわからず。ダイヤルのメモリをあわせるものです)で、11月10日が最適と知る。
アンジェラは、帰宅したエミールに、子作りをせまるが(子供がほしいの、と言う)、エミールにその気はない。そこで、アンジェラは、エミールの親友で、同じアパートに住むアルフレッドに、子作りを手伝ってもらう、とエミールに宣言する。
アルフレッドは前から、アンジェラに気があり、顔を見れば口説いていた。
ゴダール流のミュージカル
ヌーベルヴァーグのカイエ派(右岸派)の人たちは、相当おたくな映画マニアで、映画が好きすぎて、自分で映画を作るようになった人たち、と言えます。
ゴダールも例外ではなく、彼はアメリカのミュージカル映画が好きだったようで、そういう作品を意識して作った映画です。しかし、ゴダールなので、あまりミュージカルらしくなく、踊るのかと思いきや、足をあげて止まったりします。
それふうの音楽がバッグでなりますが、全体的に音が大きすぎて、セリフがよく聞こえないシーンもあります。しかも、音の出方が唐突です。
ジャック・ドゥミ監督のローラを意識しているのか、いないのか、アンジェラがキャバレーで歌う場面もあります。しかし、ローラに比べると、キャバレーで働く女性のうらさびれた感じ、生活に疲れた感じはアンジェラにはありません。
そもそもこのクラブは、とてもストリップを見せるような店には見えず、みな、楽しそうに仕事をしています。
ドゥミ監督ふうと言えば、色もドゥミふうにカラフルです。アパルトマンの白い壁、アンジェラの赤い傘やタイツ、青と白のしまのガウン、グリーンのコートなど、ぱきっとした原色を使っています。
部屋のインテリアも赤がポイントです。
映画に関するジョークがたくさん
ほかの映画のパロディみたいなシーンや、セリフがたくさんあります。たとえば、ベルモンド扮するアルフレッドは、「テレビで、『勝手にしやがれ』をやる、見逃せない」と言いますし、バーに、理由もなく、ジャンヌ・モローがいて、アルフレッドに、「サヴァ!」と言います。
アルフレッドは、「ウィ、サヴァ。ジュールとジムとはうまくいってる?」とモローに聞きます。すると、モローは、「モデラートよ」と答えるのです。
ジュールとジムは、モローが主演した、トリュフォーの映画、『突然炎のごとく』( Jules et Jim )に出てくる2人です。しかし、この映画は、『女は女である』の公開より、半年遅い1962年1月の公開です。
両方の映画ともだいだい同じ時期に作っていたのでしょうが、リアルタイムで見た人は、なんのことかわからない、うちわネタです。
Moderato cantabile(モデレート・カンタービレ、邦題:雨のしのび逢い)は、ベルモンドとモローが主演した1960年公開の映画です。
こうしたネタはほかにもいろいろ仕込んであります。ほかの作品へのオマージュ、あるいはおたくなうんちくと言えます。
ゴダール流の演出、おもしろいシーン
この映画は大傑作というわけではありませんが、ゴダールらしい映像が随所に見られます。タイトルバックに大きな文字をばーんと写すところや、ジャンプカット(場面が突然飛んだようの見えるカット)、本を使った演出など。
アンジェラが、肉をこがしたのに、いきなり出さず、エミールに「魚とお肉のどっちがいい?」と聞くシーン。前半、ジャンプカットがあります。
子供を作る、作らないでけんかをしたアンジェラとエミールは、口をきくのをやめます。代わりに、本のタイトルをつかってけんかをするシーンです。
こうした、セリフのないシーンに見どころが多いです。
シナリオはまあまあ
映像的なおもしろさを追求しすぎたのか、シナリオはそこまでおもしろくありません。ごくシンプルな話で、内容を一言で書くと、「夫婦喧嘩は犬も食わない」となるでしょう。
そもそも、話はかなりめちゃめちゃです。
本を使ったシーンを見ると、アンジェラはわりと機転が聞き、頭がいい女性のように思えます。それなのに、なぜ11月10日に子作りすることにこだわるのでしょうか?
これまで、不妊に悩んでいて、排卵日を狙うとか、そういう事情があるわけでもないのに。しかも、この人の仕事はストリッパーです。
アンジェラが、「エミールの稼ぎが少ないから、仕事するしかない」と言うシーンがあります。そんな状態なら、子供を作るのはもう少し待つものです。
子供ができたら、しばらくは仕事できないし、仕事に復帰したあとも、何かとお金がかかるのに、そのへんは何も考えていないようです。
アンナ・カリーナは、可愛くて魅力的ですが、主人公の性格に一貫性をもたせることは、考えていない映画です。
最後のほうでエミールが心の中で、 « Je ne sais pas si c’est une comédie ou une tragédie, mais en tout cas c’est un chef-d’oeuvre » (喜劇か悲劇かわからないが、どっちにしろ傑作だ)と言うシーンがあります。これはゴダールの心の声でしょう。
彼の言うように、内容はどうあれ、映画として楽しめれば、傑作なのかもしれません。印象的なシーンやセリフもありますし。
アンジェラは、デンマーク人なので、エミールに、「おまえはRの音を発音できない」とからかわれ、アルフレッドには、「OKはフランス語だ」と言われたりします。
実際、アンナ・カリーナは17歳でパリに出てきたとき、フランス語はほとんど話せなかったそうです。きっと苦労したでしょうね。へたな外国語をしゃべって暮らしている人間として、アンジェラのフランス語がからかわれるセリフは、気の毒に思えてなりません。
なお、タイトルの Une femme est une femme は、最後にエミールが、 « Angela, tu es infâme » アンジェラ、おまえはひどいやつだ « Moi ? Je suis pas un femme, je suis une femme… » 私? 私は アンファムじゃないわ。私はユヌファムよ、というところから来ているようです。
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