『美女と野獣』の著者として有名な、ボーモン夫人の書いた童話、Le Prince Désir et la Princesse Mignonne のあらすじを紹介します。
今回、私はアンドリュー・ラング(アンドルー・ラング)の『あおいろの童話集』The Blue Fairy Book (1889)にのっている英訳のほう(Prince Hyacinth and the Dear Little Princess)で読みました。
邦題は、『ヒヤシンス王子とうるわしの姫』
超簡単な要約
鼻が異様に長いことを知らずに育ったプリンスが、「本当は長かったんだ」と現実を受け入れたときに、ようやく恋していたおひめさまと結婚できる話。
猫のしっぽの上を歩くチャレンジ
昔あるところに、ある姫を愛していた王様がいました。
王様はおひめさまと結婚したかったのですが、あいにくこの姫は魔法をかけられていたので、誰とも結婚できません。
王様は、妖精に、どうしたらいいか相談しました。
妖精「あのおひめさま、猫を飼っていて、すごくかわいがっているでしょ? おひめさまは、その猫のしっぽの上を歩いた人と結婚するわよ」。
猫のしっぽの上を歩くなんて簡単だと思った王様ですが、この猫はなかなかすばしこく、しっぽの上に足を乗せることすらできません。
しかし、あるとき、猫がしっぽを伸ばしてぐっすり眠っているとき、王様はしっぽの上に足をのせました。
すると、その瞬間、猫が飛び起き、背の高い男になりました。
猫は魔法使いだった
彼は怒ってこう言いました。
魔法使い「おまえは、姫と結婚するがいいさ。呪いをといたからな。だけど、私は復讐するぞ。おまえには息子が生まれるが、その子は自分の鼻がすごく長いと気づくまで、決して幸せにはなれない。
このことを誰かに言ったら、おまえは、その瞬間に、消えてなくなるぞ」。
王様は魔法使いを見ておびえましたが、この脅迫には笑いがとまりませんでした。
王様「息子が長い鼻を持っていたら、気づかないわけないじゃないか」
鼻の長い息子が生まれる
王様は好きだった姫と結婚しましたが、ほどなく死にました。妻と、ヒヤシンスという名の息子(まだ赤ん坊)を残して。
小さなヒヤシンスは、美しい目とかわいい口をしていましたが、鼻がとても長く、顔半分をおおっていました。
息子の大きな鼻を見て、母親(女王)は、ショックを受けましたが、召使いたちは、女王の気持ちを考えて、こんなふうに言いました。
「そんなに大きくありませんわ。ローマ人の鼻ですよ。歴史の本に出てくる英雄たちは、みな、こんな鼻をしています」。
これを聞いて、女王も、「そうかもしれない」と思い始めました。
いつわりの世界で育つ王子
ヒヤシンス王子はとても大切に育てられました。
話ができるようになるとすぐ、家臣やまわりの人から、鼻の小さい人間がいかに醜いか、いかに人間としてだめか、という話を聞かされました。
女王のご機嫌をとるために、この国では、鼻が長いのはあたりまえのこと、むしろ、美しいこと、小さな鼻はだめ、みっともない、という建前を口にする人ばかりになっていたのです。
家臣の中には、自分の子供のふつうの長さの鼻をひっぱって、大きくしようとした者もいました。ですが、どんなに、しっかり、何度もひっぱっても、ヒヤシンス王子の鼻にはとても太刀打ちできませんでした。
うるわしの姫に恋をする王子
二十歳になった王子は、そろそろ結婚する時期です。
母の女王は、お妃候補を探すため、近隣の国の姫たちの肖像画を、取り寄せました。
肖像画の中に、とても美しい「うるわしの姫」の絵がありました。
この姫の父親は偉大な王様で、将来、姫はいくつもの国を父親から譲り受けることになっていました。
しかし、ヒヤシンス王子は、そういうことはいっさい頭になく、ただただ、美しいこの姫の姿にすっかり恋してしまいました。
確かに、とても美しい人だったのです。ただし、鼻が普通サイズだったので、王子的には、ここが難点でした。
一般人の目から見ると、姫の鼻は形がよくて、むしろチャームポイントだったのですが。
鼻が小さすぎる問題
「こんなに鼻が小さいと、みなに笑われてしまう」そう、王子は思いました。
この国では、長年の習慣のせいで、鼻の小さい人を影で笑うことがありました。
事実、うっかり、2人の家来が、姫の鼻をあざ笑い、王子の機嫌を損ね、追い出されました。
そこで、ほかの家臣は、うるわしの姫の鼻について、あからさまにけなすことはせず、うまく言い抜けることにしました。
「確かに、鼻が長くない男性はまったく価値がありませんが、女性の美は男性とは違います。クレオパトラも、鼻は小さかったそうですよ」。
これを聞いて、王子は安心し、うるわしの姫との結婚話をすすめることにしました。
魔法使いにさらわれる姫
姫の父親の承諾を得て、ヒヤシンス王子は、姫に会いにいき、その手を取ろうとしたその瞬間、なんと、姫は魔法使いにさらわれてしまいます。
王子は大きなショックを受け、馬に乗って、自分で姫を探しに行くことにしました。
馬に乗ってどんどん行くと、100歳ぐらいに見える老婆がいました。
実はこの老婆は妖精で、ヒヤシンス王子の父親に「猫のしっぽの上を歩け」と言った人です。この人は、人並み以上に小さな鼻の持ち主でした。
王子と老婆はお互いの姿を見ると、思わず笑い出しました。
王子「ああっ、なんて変な鼻!」
老婆「あんたの鼻ほどじゃないわ」
王子「鼻の話より、何か食べ物はありませんか? 私も馬も、空腹なのです」
おしゃべりな妖精
老婆「よろこんで食事を出しますよ。あんたの鼻はとっても変だけど、あんたは私の親友の息子だしね。あんたの父さん、大好きだったわ。私の兄みたいで。彼は、とっても素敵な鼻をしていたわねえ~」
王子「私の鼻に何か足りない点でも?」
老婆「足りなくなんてないわよ。ありすぎるのよ。長すぎるの。
でも、気にしなくてもいいわよ。鼻が長くても立派な人っているしね。
私が、あなたの父さんの友達だって話、したかしら。彼、昔、私によく会いに来てね・・・[この後、えんえんと昔話が続く]」
王子「お話をうかがいたいのはやまやまですが、おなかがすいていますので、何か食べさせてください」
老婆「もちろんよ。さあ、中に入って。夕食をごちそうするわ。食べながら、話しましょう。
手短かに話しますよ。長話は、長い鼻より、たちが悪いですからね。母にも言われたわ。話は短めにって。
私が若いときね、私の父がね。父は王様で私は姫だったんだけど・・・[このあと、えんえんと身の上話が続く]」
王子(いらいらして)「あなたの父上はおなかがすいたときは、何か食べたんじゃないですか?」
老婆は、食事を用意すると言いながら、話をやめません。しかも、長話はよくないし、自分は、無口だと力説します。合間に、王子の鼻がいかに長いか、何度も言いながら。
心の中で妖精を非難する王子
王子(心の中で)「おなかがすいていなかったら、自分は無口だと言いはる、こんなおしゃべり女の相手なんてするものか。
自分の欠点に気づかない人間は、いかに愚かであることか。
この人は、姫だったから、周囲の人が、本当はおしゃべりなのに、無口だと本人に思わせてしまったのだろう。やれやれ、あわれなことだ」
食事の支度が整い、王子はようやく、食べ物にありつきました。
王子は、何を言われても、老婆をほめる女中を見て、自分は、人のおせじを聞かなかった、自分の欠点はわかっている、と思います。
王子は本当にそう信じていました。自分の鼻をほめた人間が、影で笑っていたのを知らなかったのです。
その後、老婆は、王子の鼻の長いことをしつこいまでに言います。
王子の鼻が影を作って、皿の上にのっているものが見えないとか。
そう言いながらも、自分は王子の気を損ねないために、鼻のことはできるだけ言わないようにしているともいます。
妖精の親切
おなかがいっぱいになった王子は馬にのって去っていきますが、老婆(妖精)は、王子を助けたかったので、うるわしの姫をクリスタルの城にとじこめて、王子の前にさし出します。
うるわしの姫を見て王子は、狂喜しますが、クリスタルにはばまれています。
しかし、姫は手を伸ばすことができました。王子がその手に、口づけをしようとします。が、長い鼻がじゃまをして、くちづけすることができません。
このとき、はじめて、王子は自分の鼻が長いことに気づきました。
王子「ああ、自分の鼻が長すぎると認めざるを得ない」
その瞬間、クリスタルの牢獄が砕かれ、老婆(妖精)が、姫の手をとり、王子に言いました。
老婆「自己愛のせいで、自分の心や身体の欠点に気づけないととわかったわよね? 誰かが教えてくれようとしても、自分の都合のいいように解釈しちゃうんだわ(おしゃべりなので、実際はもっといろいろ言っている)」
ヒヤシンス王子の鼻は人並みになり、彼は、今回のことからしっかり学びました。王子は、うるわしの姫と結婚し、末永く幸せに暮らしました。
思い込みと幻想と
『美女と野獣』で、ボーモン夫人は、野獣の見かけより、実は王子さまで、教養があり、やさしくて紳士的な中身が大事、と訴えていました。
今回のテーマも、見かけより中身、という点では似ているかもしれません。
周囲の人のせいで、見かけ上の欠点を受け入れることなく生きてきた王子は、最後にそれを受け入れたとき、最愛の姫と結婚することができました。
最後の老婆(妖精)のセリフは、説教くさいし、説明されなくてもわかることなので、私がこの話を映像化するなら、ここはばっさり、カットします。
この老婆はおしゃべりだから、どうしても一言、二言、言わずにはいられなかったのでしょう。
それにしても、この話、笑えます。
猫のしっぽの上を歩くというのも笑えるけど、老婆と王子のやりとりもおもしろい。
原文は長いから、要約にはあまり書いてないのですが、老婆(妖精)が本当におしゃべりで、どうでもいいことをえんえんとしゃべっていて、なかなか食事を出さないのです。
彼女みたいに、しゃべりだすと止まらない人、現実にもいますね。
おなかがペコペコの王子は、心の中で、「自分の欠点に気づかない人間はかわいそうだ」と、老婆をジャッジします。
自分の欠点に気づいていないのは、王子もそうなのですが。
自分のことを棚にあげて、他人をジャッジする人も、現実の世界にたくさんいます。
この話は、皮肉に終始していて、マジカルで派手な展開はありません。
人の容貌を、あからさまに非難しており、ポリティカリーコレクトでもないので、ディズニーの映画にはなりそうにないです。
しかし、人間は思い込みや幻想の中で生きているし、その思い込みを打破するのはむずかしい、ということをよく表しています。
王子に、鼻が人より長いと気づかせなかった、母親や周囲の人のやり方は、昔からよくあることで、それは、いまの政府やメディアのやり方にも通じます。
狭い世界にとじこもっていないで、外から見たり、立場の違う人の意見を聞いたりしないと、自分の思い込みにはなかなか気づくことができません。
アンドリュー・ラングについて⇒パドキー(Puddocky、ドイツの民話)のあらすじ。
☆Andrew Langなので、アンドリューだと思うのですが、日本ではアンドルーと表記されているので、このブログでも両方の表記が混在しています。
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