人魚姫(アンデルセン、1837)のあらすじ、後編。

人魚 アンデルセン童話

アンデルセン童話、『人魚姫』のあらすじ、後編です。

おばあさんとの会話、続き。

人魚姫:「私が不滅の魂をもつ方法は何もないの?」

おばあさん:「ないよ。人間の男がお前を誰よりも、何よりも愛して、牧師の前で、変わらぬ愛を誓わないかぎりはね。その男が、お前を愛すと誓えば、男の魂が、おまえの身体に入り込み、おまえも、人間の幸せを分けてもらえる。

自分の魂をおまえに与えても、人間は自分の分を持つ続けることができる。でも、そんなことはあるわけないよ。

おまえには、魚の尾がある。この世界じゃ、とても美しいとたたえられている尾だけど、人間の世界では、それは醜いと思われる。

連中は何もわかっちゃいない。人間は2つの頑丈なつっぱり棒を持っている。連中はそれを足と呼ぶけど、それがないと美しいとは思わないのさ」。

その晩、海の王国では、大規模なパーティがありました。人魚姫は、美しい声を持つ人魚の中でも、一番美しい声を持っています。

自慢の声で歌を歌ったら。みなが、拍手をしてくれて、人魚姫は一瞬、うれしい気持ちになりました。

しかし、またすぐに魅力的な王子と、不滅の魂がある海の上の世界のことを思うのでした。

思い余った人魚姫は、皆がパーティに興じているあいだに、こっそり海の魔女に会いに行きました。

海の魔女

人魚姫は、遠くにある荒れ果てた暗い場所に入っていきました。花も草もありません。半分、動物で半分、草のクラゲみたいなヘビみたいなわけのわからない生き物や、遭難した人間の骨がぷかぷか浮かんでいる、暗い世界です。

不気味な姿に、人魚姫は恐怖で心臓が止まりそうになりましたが、王子さまや人間の魂のことを思い、勇気をふりしぼって先に進みました。

森の沼地のようなところにくると、太った不気味なヘビがたむろしており、まんなかに海の魔女の家があります。

魔女:「おまえの望みはわかっている。バカな娘だこと。願いを叶えてやることはできるよ。でも、悲しい結果になるよ。

おまえは魚の尾のかわりに、2つのつっぱり棒を手に入れる。人間みたいにね。おまえの恋した王子さまみたいにね。それと、永遠の魂も手に入る」。

そう言うと、海の魔女はたかだかと笑いました。

魔女:「飲み薬を作ってやるから、明日の朝、太陽がのぼる前に、岸にあがって飲みなさい。おまえの尾は消えて、人間が足と呼ぶものが生えてくるさ」。

人間になる代償

魔女:「言っとくけど、足、すごく痛いよ。でも、おまえはとてもかわいい人間になるし、美しく踊ることもできる。

だけど、ステップを踏むたびに、ナイフに突き刺される痛みがして、血が流れるよ。それでもいいというなら、願いを聞いてやるけどね」。

人魚姫:「ええ、お願いします」。王子さまと不滅の魂のことを思い、人魚姫は震える声で答えました。

魔女:「よく考えたほうがいいよ。いったん人間になったらもう人魚には戻れない。姉さんたちにも、父親にも会えないんだよ。

それに、もし王子がお前を愛さなかったら、おまえと結婚しなかったら、おまえは、不滅の魂を得られない。王子がほかの人間と結婚した翌朝、おまえの心臓はこわれて、おまえは海の泡になる」。

人魚姫:「かまいません」。

魔女:「それに、薬は安くないよ。薬には私の血も混ぜるからね。薬の代わりに、海の世界でもっともきれいなお前の声をいただく」。

人魚姫:「えっ! でも声を失ったら、私には何が残るの?」

魔女:「おまえの美しさ、優雅に歩く姿、表情豊かな瞳。どんな男もおまえに夢中になるさ。ほら、舌を出して。切るから。そしたら、強力な薬をおまえにやるよ」。

人魚姫は、魔女の言うとおりにし、魔女は薬を作りました。

王子の拾いもの

薬をもち、人魚姫は王子の城の大理石の階段(この階段は海のすぐそば)に近づきました。月が美しい晩です。薬を飲むと、まるで短剣を飲んだような痛みがし、人魚姫はその場に倒れました。

太陽がのぼると人魚姫はめざめ、目の前に王子さまが立っているのに気づきました。彼は黒い瞳で人魚姫をじーっと見ています。人魚姫は、自分の尾がなく、白いかわいい足がついていることに気づきました。裸だったので、長い髪で、身体をおおいました。

王子さまは、人魚姫に、おまえは誰だ、とか、どこから来たのだ、と質問しましたが、人魚姫は、深いブルーの瞳で王子さまを見つめることしかできません。

歩くたびにまるでナイフの先の上を歩いているような、強烈な痛みを感じました。しかし、人魚姫は喜んで王子さまと並んで城へ入っていきました。

城での生活

あてがわれた絹のドレスを着ると、人魚姫は、城の中でもっとも美しい人となります。

話すことも歌うこともできませんが、美しく舞うことはできました。足は、とても痛かったのですが。

誰もが、人魚姫に魅了されましたが、ことに王子さまは彼女を気に入りました。

王子さまは、彼女のことを、「わたしのかわいい拾い子」と呼び、いつもそばに置き、夜は、自分の部屋のドアのところにある、ビロードのクッションの上に寝かせました。

馬乗りに行く時もいっしょです。山登りもしました。足をつかうたびに、ひどい痛みがしましたが、人魚姫は笑って彼のあとをついて行きました。

夜になり、城中が眠りにつくと、人魚姫は、外に出て大理石の階段にすわりました。そこに座って足を海水につけ、やけつくような足の痛みをいやし、海の底にいる家族のことを思いました。

あるよる、姉たちが、悲しい声で歌いながら、海面に顔をだしました。人魚姫は手を振りました。その晩から、姉たち、そして祖母や父は毎晩、海の上まで来て、人魚姫に手をさしのべましたが、決して近くには来ませんでした。

王子への愛

日がたつにつれて、人魚姫はますます王子を愛しましたが、王子は、人魚姫のことを、小さな子どもを愛するように愛し、彼女と結婚しようなどとは夢にも思いませんでした。

王子が、人魚姫の手をとり、額にキスをしたとき、人魚姫は、「あなたは、誰よりも私を愛してはくださらないのですか?」と目で訴えました。

「誰よりもおまえがかわいいよ。おまえはやさしいし、私に忠実だ。おまえは、かつて会った若い娘に似ている。船が遭難したとき、私の命を助けてくれた人なんだ。2度と会えないと思うけど。

私が愛するのはこの世であの人だけだ。でも、あの人は、教会に仕える人だ。幸運の神さまが代わりにおまえをよこしてくれたのかもしれないね。いつまでも一緒にいよう」。

「ああ、王子さまをお助けしたのは私なのに、王子さまは、教会の娘のほうを愛しているとは」。人魚姫は悲しみでいっぱいでしたが、涙はでません(人魚は涙がない)。

「あの娘は神に仕える人なのね。では、2度と、ここへ来ることはないだろう。私はずっと王子さまのおそばにいて、彼を愛し、お仕えしよう。私の一生を、彼に捧げよう」。

王子の縁談

しばらくして、王子に結婚話がもちあがりました。 相手は隣の王国の美しい姫です。王子さまは、船で隣国に行くことになりました。

「旅に出ることになった。両親に言われてね。となりの国の姫に会わねばならい。しかし、無理に連れて帰れとは言われていない。

彼女を愛すことなんてできないよ。以前会った若い娘には似ていないから。どうしても后をとらなければならなくなったら、いっそ、おまえを選ぶよ。何も言わない私の拾い子をね」。

そう言うと、王子は人魚姫の赤い唇にキスをして、彼女の長い髪をなで、彼女の胸に頭をのせました。人魚姫は、人間の幸せと永遠の魂を夢見ました。

隣国のお姫さま

王子さまは、人魚姫を連れて、船に乗り、海の話をきかせました。隣国に着くと、お祝いごとが続きましたが、肝心のお姫さまは、なかなか現れません。なんでも、お姫さまは遠い教会で、王妃になるための修行をしているとか。

とうとうお姫様が現れました。いったいどんな人なのか、気をもんでいた人魚姫の目の前に立ったその人は、本当に美しく、透けるように肌が白く、黒くて長いまつげの下に、誠実で純粋な青い目をたたえ、にこやかに笑っていました。

「あなたでしたね!」。王子さまは言いました。「私の命を助けてくれたのはあなただ!」、王子さまは、花嫁になる人を胸にいだきました。

「ああ、私は本当に幸せだ。長年の願いが叶えられた。おまえも一緒に喜んでおくれ」、王子さまは、人魚姫に言いました。

人魚姫は、王子の手にキスをしましたが、すでに心臓がこわれた気がしました。

王子さまの婚礼の朝、彼女は死んで泡になるのです。

王子の結婚

婚礼の日、人魚姫は、絹と金のドレスを着て、花嫁のドレスのすそを持ちました。周囲はお祝いムードでいっぱいでしたが、人魚姫には何も見えませんでした。

その夜、王子さまと花嫁は、船で王子さまの国に向かいました。船上はお祝いのパーティで盛り上がっています。人魚姫は、はじめて海の上まで来たときに見た、王子さまのパーティのことを思い出していました。

そして、自分も皆と一緒に、これまでになく美しく踊りました。人々は、やんやと喝采しました。足を突き刺す痛みは、胸まで届きましたが、人魚姫は踊るのをやめません。

今夜は、王子さまを見ることができる最後の晩、家族も美しい声も捨て、ひどい足の痛みに耐えてまで求めた王子さまを見るのはこれが最後。

でも、王子さまは、そんなことは何一つ知らない。

明日になれば長い闇がやってくる。夢も魂もない世界が。死を感じながら、人魚姫は踊り続けました。

パーティは真夜中まで続き、王子さまは花嫁にキスをすると、彼女の髪をなで、手を取って天幕の中へ入っていきました。

短剣

人々が寝たあと、人魚姫は1人で、船のへりにもたれて赤く染まっていく東の空を見ていました。

すると姉たちが、海の上に顔を出しました。人魚姫と同じくらい青ざめた顔をしています。

「わたしたち、髪を魔女にあげたの。あなたを助けるために。あなたが死ななくていいように。ほら、短剣をもらったわ。

太陽が出る前に、これで王子の心臓を刺して! 彼の血が足に落ちれば、人魚に戻れるの。海に戻れるの。そして300年生きるのよ。急いで! 日がのぼる前に、王子かあなたが死ぬしかないのよ!

おばあさまは、悲しみ過ぎて、白髪がみな抜けてしまったわ。お願い、王子を殺して、戻ってきて! 急がないと、もうすぐ太陽がのぼる。あなた、死んじゃうのよ!」

人魚姫の最後?

人魚姫は短剣を持って、天幕の中へ入りました。花嫁は王子の胸に頭をのせています。人魚姫は、かがんで、王子の額にキスをしました。

それから、朝焼けが広がる空を、つぎに、短剣の鋭い先を、そしてまた王子さまを見ました。

王子さまは、夢を見ているのか、花嫁の名をささやきました。彼の心の中にいるのは花嫁だけです。

短剣を持つ手がふるえます。ふいに、人魚姫は短剣を海に投げました。短剣が落ちたところから、血のような水がはねたように見えました。

人魚姫は、うつろな目で、もう一度王子さまを見ると、海に身を投げました。

太陽が海の上にのぼり、元人魚姫の泡にあたたかい光を投げかけました。人魚姫は、死んだ気がしません。明るい太陽と、そのまわりに、たくさんの透明なものたちが立ちのぼるのが見えます。

その透明なものたちは、メロディアスな声で話しましたが、人間の耳には聞こえない声です。

空気の精

人魚姫は、自分も透明なものになっていることに気づきました。そして、どんどん上にあがっていきます。

「私はどこにいるの?」、人魚姫がこう言うと

「空気の娘たちのあいだにいるのよ」、と透明なものたちの1人が答えました。

「人魚はね、永遠の魂は持たないの。人間の愛を得ない限りは。空気の娘たちも、不滅の魂は持っていないけど、よい行いをすれば与えられるのよ。

私たちは暑い国へ涼しい風をもっていくの。花の香りをふりまくの。そうやって、300年たてば、不滅の魂をいただけて、人間の幸せを分けてもらえるわ。

かわいそうな人魚さん、私たちとおなじように、心からおつとめをしたのね。よく苦しみにたえました。そのおかげで、魂の世界にあがることができたのよ。

あと300年、同じようにすれば不滅の魂を得られます」。

人魚姫は喜びにあふれた目で太陽を見上げ、はじめて、涙を流しました。

「300年たてば、私たちは天国へ行けるのね」、そう人魚姫は言いました。

「いいえ、もっと早くいけるかも。私たちは人間には見えないの。でね、こっそり人間の家の中に入るんだけど、そのとき、親の言うことをよく聞いて、愛されるに足るよい子どもたちがいれば、お仕えする時期が1年ずつ減るの。

でも悪い子がいたら、逆に、お仕えする期間がのびるのよ」。

原文はこちら⇒Hans Christian Andersen : The Little Mermaid

人間と人魚の壁

この童話の教訓として、「自分の住む世界で満足しているべきだ。それが幸せにつながる」「隣の芝生は青い」といったことがよく言われます。

確かに、王子と人魚では、住む世界が違います。

この童話は、人間の世界の階級の差を描いている、と考えられます。

いまでこそ、(建前上は)、人は平等だ、生まれ、性別、人種などで差別してはいけない、と言われますが、この童話が書かれた当時は、社会的な身分や階級の差、性別の差は大きな壁として立ちはだかっていたでしょう。

身分の違うものは、そんなに簡単に上の身分にはいけないのです。

それこそ、人形姫のように、家族、尾、声という、自分の存在にかかわる大事な物を捨てる覚悟がない限りは。下の人間が上にいくのも大変ですが、ロイヤルファミリーが庶民と結婚しようとすると、ロイヤルファミリーであることをやめねばなりませんでした。

どうしても、違う階級に行きたいときはどうするか?

無理をすれば、行くことはできるけれど、人魚姫の痛む足のような、大きな犠牲がついてまわるだろう、そして、それが幸せにつながるとも言い難い、そう、この物語は言っているように思います。

人魚姫は、空気の精になって、永遠の魂を得る可能性が開けましたが、それとて、気まぐれな人間世界の子どもたちの態度に左右されるのです。

前編はこちら

足にこだわるアンデルセンのもう1つの物語

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